「何で・・・私、ジェットマンなんかになっちゃったんだろう・・・」
薄れ行く意識の中で、香は自分の選択を激しく後悔していた。風の音ひとつない静かな湖と
巨大な深紅の夕焼けに見守られながら・・・
その日香は、敵の術中にまんまと嵌められてしまった。アコと二人で街にショッピングに
行ったとき、アコに付き合わされてあやしげな占いの店へと足を踏み入れた香。そこで香は
あまりにも衝撃的な風景を目の当たりにしたのだった。そう、自分がバイラムとの戦いで
傷つき、そして殺されてしまう様を。
その映像が鮮明に脳裏に焼きついて離れなくなってしまった香は、恐怖のあまり
ジェットマンとして戦うことを拒み、逃げ出してしまう。
実はその占い師こそが次元獣ウラナイジゲンであり、香を欠き4人で戦うことを余儀なく
されたジェットマンは苦戦し、絶体絶命の危機に陥ってしまう。
だが、鹿鳴館家の”爺や”の喝により、香は戦う勇気を取り戻し、窮地にある仲間たちの
もとへと駆けつけるのだった・・・
だが、それをバイラムは見過ごさなかった。女幹部・マリアは決してジェットマンを見くびっては
いなかったのだ。香が立ち上がること、マリアはその可能性を考慮し、作戦を立てていた。
香がそのまま戦士として再起不能となればよし、5人揃わないジェットマンなど恐るるに足らず。
またもし香が立ち上がるなら、一人仲間のもとへと駆けつけようとするだろう。それを待ち伏せ、
殺す。トラップとは、幾重にも重ねて仕掛けてこそ成功するものだ。
「急いで皆のところへ・・・!」
懸命に走る香。ちょうど右手に湖が見え始めた頃だった。
「きゃあああっ!!!?」
突如として香の周りで爆発が起こり、彼女はそのまま湖の手前まで転がり落ちていった。
「くぅっ・・・な、何・・・?」
「あはははっ!!待っていたぞ、ホワイトスワン!!」
「・・・マリア!!」
「まんまと私の策に嵌ってくれたな。愚かな女だ・・・」
「何ですって!?」
「ふ・・・これ以上貴様と話すことはない。死ね!!」
バーン!!再び香の周りで爆発が起こる。今度は先ほどのよりも威力が大きかった。
「やったか・・・?」
マリアが目を凝らして煙の中を覗き込んだ、そのとき!
「スワニーアタック!!」
爆発の瞬間、香はホワイトスワンへと変身し、空高く飛びあがってそのままマリアに攻撃を仕掛けた。
美しい白鳥の羽ばたき。その外見に似合わぬ強烈なパンチがマリアの胸元にヒットし、そのまま
彼女を数メートル後方へと吹き飛ばした。
「うぐっ・・・」
そこに追い討ちをかけようと走り寄るホワイトスワン。だが・・・
目に見えぬほどの速さで、何かがホワイトスワンの顔面にヒットした。その威力は一瞬にしてホワイト
スワンのマスクを弾き飛ばしてしまうほどだった。
「どうだ、私の鞭の味は?」
そう言ってマリアは数発の鞭をホワイトスワンめがけて放ち、彼女を打ち伏せる。
「うっ!!ああっ・・・!!あーーーーーーーーーっ!!」
目にも止まらぬ鞭の速さに避けることもままならず、強烈な攻撃を全てまともに喰らい、ホワイト
スワンはその場にがくりと膝をついた。そこを、背後に回ったマリアが手にした鞭で首を絞める。
「ホワイトスワン!お前の最期だ!!」
「う・・・ううっ」
(こ、こんなところで、やられるわけには・・・いかない!!)
「はっ!!」
背後にいるマリアの鳩尾に、ホワイトスワンの肘うちがヒットした。痛みで、鞭を手放しうずくまる
マリア。ホワイトスワンはマリアを蹴飛ばし、その鞭を湖へと放り投げた。
「これで、あなたの武器はなくなったわ。私の勝ちよ!」
「く・・・」
うずくまったままピクリとも動かなくなったマリア。それを訝り、様子を見るように少しずつ
近づいていくホワイトスワン。その距離が2メートルほどに縮まった、そのときだった。
「きゃあああっ!!!」
「くくくくく、あーはっはっは!!」
どこからか取り出されたマリアの鎖が、ホワイトスワンを雁字搦めに縛り上げ、身動きが
できないようにさせてしまった。
「その程度で勝った気でいるとは・・・やはり、愚かな女だ、貴様は。」
「う、くうっ!」
必死にもがくホワイトスワンだったが、頑丈な鎖の前に、もはやなす術はなかった。
「ちょうどここは湖だ・・・白鳥の死に場所にはもってこいというわけだ。」
マリアの右手に剣が出現する。
「い、いや・・・」
かつて見せられた自分の死の映像・・・それがまざまざと香の脳裏に蘇る。
その恐怖に凍りつき真っ青になった顔とは対照的に、真っ赤な夕焼けが二人を照らしていた。
「この美しい湖に抱かれて、死んでいきなさい・・・ホワイトスワン!!」
グサッ・・・・・・・・・
その瞬間、細身の剣が、美しき白鳥の身体を貫き、紅く染めた。
「ああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」
風の音一つない静かな湖のほとりで、断末魔の白鳥の哀しき鳴き声が響き渡った・・・
「何で・・・私、ジェットマンなんかになっちゃったんだろう・・・」
薄れ行く意識の中で、香は自分の選択を激しく後悔していた。風の音ひとつない静かな湖と
巨大な深紅の夕焼けに見守られながら・・・
「・・・はっ!?」
香は、目覚めた。夢、だったのか・・・。その安堵感と未だ拭えぬ恐怖心を抱え、身を起こす。
・・・はずだった。だが、何かが身体を縛りつけ、指一本動かせない状況に、自分が置かれている
ことに香は気がついた。・・・いや、思い出した、と言った方が正しい。
もう、何度目だろう。こんな風に夢の中で殺されるのは。
ウラナイジゲンとの戦い、現実には駆けつけた香の活躍でジェットマンが勝利を収めたのだった。
だが、そのあともうち続く戦いの中で、香は罠に嵌って一人敗れ、バイラムの虜囚となってしまった。
起きている間は慰み者として激しい肉体的拷問を加えられ、意識を失ったり、夜眠ったりすれば
精神的拷問として幾度となく自分が殺される夢を見させられた。
バイラムの科学技術により毎日瀕死の重傷を負わされては完全に傷を治され、次の日にはまた
瀕死にされる。脳内物質の操作により、痛みは何倍にも増幅され、しかし発狂することも許されない。
永遠に、苦しまされ続ける香。
「どうして・・・どうして私がこんな目に・・・」
「ジェットマンに・・・ジェットマンにさえならなければ・・・」
「今更何を言っている。貴様は一生我らの玩具だ」
冷たく、マリアが言い放つ。
「お、お願い・・・もう、やめて・・・許してください・・・もう酷いこと、しないでぇ・・・」
そこにはもう、あの美しき白鳥の面影は微塵もなかった。そこにあるのは、恐怖と苦痛と後悔とに
醜く歪んだただの女の泣き顔だけだった・・・
THE END
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