聖女王国パルミラのとある場所に立つ、リゲルの塔。それは魔女王国イサドラの本拠地。
魔女王の住まう居城。その最上階に、イサドラの主だった顔ぶれが顔をそろえていた。
すなわち、”黒の騎士”（カヴァリエ・ド・ノワール）パメラ・カダイン、
バルバレラ・ヴェルトマー、マルカ・フリージの３人、それに魔女王軍元帥ピエロ・マリー。
そして…魔女王クレオ。
　「これはお珍しい…クレオ様が我らの前にお姿をお見せになられるとは」
　パメラはうやうやしく主君に対する礼を行いながら、そう皮肉をたれた。
普段は命令は全てナンバー２であるマリーを通して発せられ、魔女王本人は奥にこもって
出て来ることはほとんどないのだった。
　「ええ、アレがついに完成したものだから…」
　「！ついに…」
　一同に衝撃が走る。もっとも、マリーの表情だけは仮面に隠れて全くわからなかったが。
　「で…そろそろ余興の方も新しい段階に移行しようかと思ってね…」
　「あら魔女王様…余興とは何のことでございましょう？」
　問いを発したのは、マルカ・フリージだった。パメラ同様うやうやしい態度をとっては
いるが、その目からは隙あらばその玉座を奪ってやろうという野望があからさまなくらいに
見えていた。それをまるで心地いいとでも思っているかのように微笑しながらクレオは
答えた。
　「あら、決まっているじゃない？彼女たちとの戦いのことよ…」
　このあたりで笑いは声になる。
　「クスクス…余興だからこそ、すぐに終わらないようにこれまでは彼女たちにも平等に、
『勝てる可能性』を与えてあげていたけど…そろそろ次の段階に進む頃あいかと思って」
　「で、具体的にあたしらになにをさせようってのさ？」
　他の者と違って、形すらも一切の敬意を見せようとしない横柄な態度でバルバレラが遮った。　
　「っ！？」
　が、次の瞬間彼女は身を固くした。
　笑っていた。クレオが笑っていた。ただ、さきほどとは違ってその顔には身の毛もよだつ
すごみがあった。まるでその横に立っている伝説の殺人鬼、ピエロ・マリーを思わせる。
確かこいつってこの女王サマの先祖だったっけな…などとバルバレラは思い出した。
その狂気は、確実にこの子孫へと受け継がれたらしい。
　「彼女たちの中から、一人殺して頂戴。それも考えうる限りの無残なやり方でね…」
　あははははは…笑いは大きな声となる。隣にいたマリーも笑い出す。狂った高笑いは
しばらく続いた。が、突然それは終わりを告げる。
　「それで」
　遮ったのはパメラだった。笑いが止まった一瞬場が凍りついたが、パメラは意に介さず
続けた。
　「一体誰を殺せばよろしいので？」
　笑い声はとまったが、凄惨な笑みをあいかわらずはりつけてクレオが応える。　
　「セシリア・ミルディン…彼女の肉体を破壊し、その心を粉々に砕き…そして愛する親友の
目の前で…それは無残なやり方で殺してほしいの。いい？親友の目の前で、よ」
　その指令にバルバレラが狂喜する。
　「おお、じゃあやっと殺れるんだな…楽しみだねぇ…！」
　「ただし…」
　「？」
　「”黒の騎士”全員でね…」
　これまでお預けをくわされていた獲物をやっと殺せると思ったバルバレラは舌なめずりしていたが、
この一言で舌の動きが止まる。自分ひとりでやれるものだと思っていたからだ。
３人でとなれば、獲物をいたぶる楽しみは３分の１になってしまう。
　「ちょっと待てよ…あいつらくらい、一人で十分だって……っ！！！？」
　「何か文句があるのかしら？」
　バルバレラはその後の言葉を言うことができなかった。言えば確実に消される。
狩られるものの恐怖を、彼女は感じたのだ。
　「わかってくれた？ならいいわ」
　口をつぐみ思わずひざをついたバルバレラを見て、満足そうに微笑むクレオ。
　「じゃあちょっと彼女を連れてくるから…その後であなたたちもそこへ送ってあげる」
　「は？連れて来るってどうやって…」
　突然のクレオの奇妙な発言にバルバレラは戸惑った。それも当然で、聖女騎士である
セシリアは普段この塔からはるか遠く離れた王都カナンの、最も警戒厳重なぺラティ聖神殿に
いる。そこへ行って拉致してくるにしても、随分時間がかかるだろうし、また場所が場所だけに
相手方も徹底抗戦に出て来るであろう。そうなれば相手方の全滅をもって、魔女王の言う「余興」は
そこで終わらざるを得ない。現状エリーゼたちが何とかパルミラの平和を守れているのはあくまで魔女王が
「余興」を楽しむためそう仕向けているにすぎないのである。それにそもそも、魔女王たるクレオ自らが
乗り込んでいくというのも何と言うか自分たちの立場がない。
　「貴様も知っていよう…聖女王家の中には魔法を使える人間が生まれることがあることを」
　そこで割って入ったのは”黒の騎士”の３人の中で真ん中に立っていたパメラだった。
　「ああ？当たり前だ。あたしももとは聖女騎士だからな。あんたと同じでね」
　「クレオ様もそのお一人だ…そしてそのお力は…」
　パメラの言葉は最後まで続かなかった。クレオが手でそれを静止、その先を自ら発言した。
　「空間転移…要するにテレポートってやつね」
　「な…」
　「テレポートですって…！？」
　クレオの能力を初めて知ったバルバレラとマルカは色めきたった。
　「お待ちになって…！そんな力があるなら政敵の暗殺などいくらでもできるでしょう…
だったらなぜあなたはわざわざこんな組織を作ってまでこんな…ひっ…っ！？」
　マルカもまた、先ほどのバルバレラと同じようにひざをついた。クレオから向けられた殺気で、
まるで自分の体がバラバラになったように感覚に陥ったのだ。
　「行ったでしょ…単なる余興よ。このイサドラも…あなたたちも…あの娘たちとのことも…」
　「では…私たちはそもそも…不要な存在だとでも…！？」
　それでもマルカは食い下がった。プライドの高い彼女にとっては、そのような話を許せるはずも
なかったのだ。
　「何か文句があるならお言いなさいな。もっとも…いまここで消し炭になる覚悟があるならね…
ふふふ…あははははっ！！」　
　勿論それ以上何かを言うことが出来るものなどそこには存在していなかった。クレオから放たれる
狂った殺気に、”黒の騎士”の３人はまともに立ってることすらできなかった。伝説の殺人鬼
ピエロ・マリーさえも彼女を畏怖しているかのように見えた。


　「いい？今後は何があってもひとりで戦っちゃダメよ。あの３人の誰とでも１対１になれば…
今の私たちじゃ確実に殺されるわ」
　聖女王国パルミラの中央部に位置する、王都カナン。そのさらに中央に存在する、国家の中枢
ぺラティ聖神殿。その中にある聖女騎士団本部にて、エリーゼたちクロスナイツは作戦会議を
行っていた。つい先日、エリーゼ、セシリア、ジャミルの３人は、同時に３箇所に出現した
敵を追って、それぞれ分かれて戦いに赴いた。そして、そこに現れたのはかの”黒の騎士”。
圧倒的な力の差を見せ付けられ、３人は敗れ、犯され、瀕死の重傷を負わされた。
心身ともに凄惨な辱めを受けたのだった。
　「私たちしか戦える者がいない現状では…どんな犠牲が出たとしても生き残り、勝つことを
最優先に考えなければいけないわ。…わかるでしょう？」
　現実的なセシリアの発言を、エリーゼは悲痛な面持ちで聞いていた。もしまた今回のように
複数の敵が同時に現れても、他は見捨てて全員で１箇所に対処する、それが現状ではベストである。
あまりに力の差がありすぎるのだ。全員でかからねば、勝ち目は皆無だ。だが…。
　「わかってる…わかってるけど…っ」
　隊長として、国を守るために最善の決断を下さねばならないことは百も承知だったが、彼女の心は
決して誰かを見捨てることに納得が出来ないでいた。　
　「そんなの、ダメですよ！」
　ジャミルが机を叩いて立ち上がった。
　「誰かを見捨てて勝ったって、それで意味があるんですか！？それじゃ女神の教えにも
反すると思います！！」
　ジャミルの言うことももっともではあった。彼女たちは騎士であると同時に修道女でもある。
弱きものを見捨てるのはその道に反する行いだった。
　「それでも…私たちは勝たなくちゃならないのよ…より多くの人たちを守るために…」
　歯噛みしながらセシリアはジャミルを見据えた。セシリアとて、その決断を喜んで行うような
非情さは持っていなかった。
　「ごめんセシル…少しだけ…考えさせて…」
　弱々しくエリーゼは言った。
　彼女は決断ができないでいた。納得が出来ないのもそうだが、誰かを見捨てる道を選んだとして…
正直今のままでは束になってかかっても勝ち目はないのではないか。そんな焦慮が彼女の決断力を
鈍らせていた。
　そこで立ち上がって部屋を出ようとしたエリーゼだったが、突然動きを止めた。
　「エリー？」
　立ちすくんで驚愕の表情を浮かべているエリーゼを不審に思い、セシリアが呼びかけた。
　「先輩、後ろ！！」
　「！！？」
　ジャミルの叫びで後ろを振り向こうとするセシリア。しかし、彼女は背後を見ることは出来なかった。
　「んん、んぐぅ！！？」
　突然背後から伸びてきた何者かの左腕が彼女の首を押さえ、右手がその口をふさいだ。
身動きが取れない。
　「く…クレオ…！？」
　聖女王家の人間であるクレオを呼び捨てにしたのは、エリーゼだ。クレオとエリーゼは、まだ
エリーゼが神学生の頃からの付き合いで、出会ったころエリーゼはクレオの素性を一切知らなかった。
聖女騎士になって初めて彼女が王女であると知ったが、クレオは王女としてではなく、これまでと
同様に接するよう求めた。故に、エリーゼだけが彼女をクレオと呼ぶことが許されていたのだ。
　「お久しぶり、エリーゼ。ちょっとあなたの親友、もらっていくわね」
　にこやかにクレオは言い放った。
　「悪いけど、もう返さないから、この人のことはあきらめて頂戴。じゃあね」
　捨て台詞とともに、クレオとセシリアは忽然と姿を消した。何が起きたのかわからず
呆然とするエリーゼとジャミル。
　「クレオ…セシル…？」
　「エリーゼ先輩…セシリア先輩が…っ？」
　「セシル…セシルーーーーーーーーーーーーーーっ！！」


  「さあ、ついたわよ」
　「うぐっ…！」
　突然地面に突き飛ばされ、セシリアは思い切り体を打ちつけた。かなりの勢いだったので
相応の痛みを覚悟したのだったが、意外にもそこはやわらかい砂地の地面であった。
馬鹿な。ここの床は固い石でできているはずなのに。
　そう思ってあたりを見回したセシリアは言葉を失った。そこは、慣れ親しんだ聖女騎士団の
本部ではなく、どこか全くわからない荒野のど真ん中だったのだ。
　「く…クレオ王女殿下…何故、あなたが…」
　「大したことじゃないわ…ふふっ」
　「っ！！？」
　セシリアは立ち上がろうとしていたが、突然大きな力で無理矢理押さえつけられたかのような
錯覚に陥って、動くことが出来なかった。それは先ほどクレオが配下の前で見せた殺気と同じもので
あった。
　動けないセシリアを薄笑いを浮かべながら見下ろし、クレオは懐から何かを取り出した。青い色をした
小さな丸い石だった。それをセシリアの鼻先に突きつける。
　「これはね、思念石を改造したものなのよ」
　愉快でたまらぬという様子でクレオは語りかける。
　思念石とは、元々一つの石をいくつかに割ったもので、その破片を持ったものどうしが、どれほど
遠くとも石を通じて思念を通わせることが出来るという魔具である。
　「でもこれは同じ石の破片をもっていなくてもいいのよ。ただこれを持っているだけで…
強制的に最も強く心に思う者に思念を飛ばすの」
　「？…何のためにそんな…」　
　「確かに、あまり意味のない代物よね。当然よ。今日のあなたのために作ったのだから」
　「わけがわからない…一体あなたは何を…！？」
　セシリアは混乱した。何故自分はいきなりこんな場所にいるのか。何故突然目の前に敵の首魁である
クレオがあらわれたのか。彼女の言葉の意味もよくわからない。あまりに非論理的だ。
　「考えてみて。あなたが一番強く思う人は誰？」
　言うまでもない。セシリアにとって、最も大事な人間、それは親友のエリーゼだった。
何を犠牲にしてでも、守りたいもの。自分の命よりもずっとずっと大切な人。
　「そう、それはあなたの親友、エリーゼ。これからあなたは、そのエリーゼに、無理矢理に
思念を送り込むことになるのよ…」
　そこでクレオの口がまるで裂けたかのように両側に強く引き歪む。目は光彩を失い、ただ狂気だけを
うつすうつろな穴と化していた。
　「これから無惨に死んでいくあなたが、大切な親友に、その苦痛や恐怖、嘆き、絶望…そんな感情を
押し付ける。そしたら、どうなるでしょうねぇ…ふふふ、あははははは！！！」
　「な…んですって…」
　「あら、驚いた？そうよセシリア…あなたには、もう未来はないの。ここで無惨に散る運命なのよ
そして、あなたの苦痛が、恐怖が、絶望が大切な親友の心を壊す…何て甘美なのかしら…ああ…」
　狂気の表情から一転、自らの想像に恍惚となったクレオは、いまだ身動きできないセシリアの顎に
右手の人差し指をあて、少し上を向かせた。そして青い石をのどの奥に滑り込ませる。
　「ん…んぐぅ…」
　「フフ、正直に言うとね、別にあなたなんてどうだっていいのよ。あなたが死のうが壊れようが、
私には何の興味もない。私の目的は、寧ろエリーゼの方なのだから…」
　「な…何ですって…」
　「そう、親友のせいであなたはこれから死ななくてはいけないの。それも、とびきり残酷な
殺され方をすることになってるわ。ねえ、それを聞いて今どんな気分？ふふふ」
　クレオはうっとりとしながらセシリアの頬をなでさする。だがその目は目の前にいる人間ではなく、
明らかにどこか遠くを見ていた。別の者に思いをはせているのがはっきりわかる。
　「ふ、ふざけないでっ…！！」
　まるで自らをとらえる恐怖を振り払うかのように、セシリアはクレオの手を跳ね除けると、
全身の力を振り絞って立ち上がった。そうしなければ、全身をおさえつける＜見えない力＞を
逃れることができなかったのだ。
　「あなたの思い通りになど、ならない…今ここで私があなたを倒して、それでこの戦いも終わりよ！！」
　セシリアは腰のレイピアを抜き放つと、それに魔力を込めて叫んだ。
　「イクイップ！！」
　流れる水がセシリアを包み込み、次の瞬間にはそれは青く輝くミスリルメイルへと変じた。
　クレオは、それをニヤニヤしながら眺めている。
　「まあ、お待ちなさいな。あなたの相手は私ではなくってよ？ねえ、皆さん…クスクス」
　「な…！？」
　セシリアはまたしても混乱した。理解不能の状況がそこに再び現出したからだ。
　「お、お前たちは…っ」
　一体いつの間に、どこから現れたのか、気がつけば周囲を３人の敵に囲まれていた。しかも、
ただの敵ではない。かの”黒の騎士”の３人だ。
　「じゃ、後は任せるわ。私は塔に戻っているから。じゃあね、セシリア。」
　そう言って背後を向くと、クレオは忽然と姿を消した。もはや疑いない。セシリアはクレオの
能力が何であるかを悟った。しかも、自分が瞬間移動できるだけでなく、離れた場所から別の人間を
移動させることさえ出来るということだ。それも３人も同時にだ。
　「くくく…さあ、始めようかね…メタモルフォーゼ…！！」
　”黒の騎士”たちはそれぞれダークマターを取り出し、魔力を込める。黒い霧が３人を包み込み、
それが晴れると同時に不気味な鎧をまとった３つの影が姿を見せた。
　ダークマターには様々なランクがある。まずは通常の、巨人や獣人といった見た目からして化け物に
なるランク１。これは身体能力も姿に応じて化け物並みになる。
　そして姿は人間と変わらないが、それぞれ一つ特殊な能力、いわば魔法が使えるようになるランク２。
これは身体能力は姿同様人間と変わらない。
　さらに、今３人が使ったのがランク３である。ランク１をはるかに超える身体能力を得られる上に、
ランク２の特殊能力までも獲得している。さらに始末の悪いことに…彼女たちは３人とも、聖女騎士団の
秘儀、マジカルアーツを習得していた。それは、体内に誰もが持っている魔力を高め制御することで
爆発的な身体能力を得る法。これにダークマターランク３が合わさった”黒の騎士”に対し、セシリアたち
クロスナイツはただの一撃すら満足に与えることも出来なかった。それほどまでの実力差が、二者の間には
あったのだ。　
　「随分と手厚い歓迎ね…うれしいわ…」
　



　セシリアはそういって皮肉を言いながら微苦笑した。もはやどうにもならないことは明白だった。
高い知能を持つセシリアには、これがどれだけ絶望的な状況なのかいやでも思い知らざるを得なかった。
瞬時に脳内で幾百通りものシュミレーションをこなすが、全て結果は自らの死亡で幕を閉じる。
当然だ。１対１でも相手にならないのに、それが３人もいるのだから…勝つなどもってのほか、
逃げられる可能性さえ、完全な０％だ。このままここでなぶり殺しにされる以外に道はない。
　だが、黙って殺されるつもりはない。戦女神ケイロンを奉じるミルディン家の名にかけて、
この命と引き換えに一人くらいは道連れにしてやらなくてはならない。セシリアは意を決すると、
右前方に立っているバルバレラに狙いを定めて踏み込んだ。
　「たああっ！！」
　「はっ…なんだそりゃ？」
　だがしかしバルバレラは意にも介していないかのように、簡単に攻撃をかわすと、持っていた大剣を
使うことなく手ぶらの左手でセシリアの利き手の左手に手刀を食らわせ、ミスリルレイピアを落とさせた。
そして右足でみぞおちに蹴りを食わせると、セシリアはその場にひざをついてうずくまった。
　「げふっ…がは…っ」　
　そこへ瞬時に間合いをつめたパメラは背後から斬りかかる。
　「ああっ！！」
　まるで紙の様に簡単に切り裂かれたミスリルメイルの裂け目から、赤い血に染まったセシリアの
白い肌が覗いた。
　「今度は私ね…ふふふっ」
　笑いながらマルカは右手をセシリアの方へかざす。すると見る見るうちに魔力の塊が手のひらに
出来上がっていく。
　「ほら、これでも食らいなさい！」
　言い終わるか終わらないかのうちに、セシリアのヘルムから爆発が起こる。
　「あああっ！！！」
　その衝撃で、バイザーが割れて顔半分が露出していた。爆発を受けた箇所は激しく出血しており、
左目は潰れて見えなくなってしまっていた。
　「う、ううっ…ああっ！！」
　爆発の衝撃で一瞬脳震盪を起こし、よろめくセシリアの左手を、バルバレラがつかむ。そしてそのまま
ねじりあげざま背後へ回ると、背中からわき腹をその大剣で刺し貫く。
　「ああああああああーーーーーーっ！！！」




　だがそれで終わるはずもない。正面から音もなく近づいたパメラは、剣を一閃させ、セシリアの
ヘルムを一刀両断にしてしまった。額が割れ、鮮血が迸り出る。胸を覆う部分が破け、豊かな乳房が
露になる。
　「あ…あっ…！」




　驚愕の表情を浮かべるセシリアに、更なる猛攻が襲う。目にも映らないほどの速度で繰り出される
パメラの攻撃が、右の腿を切り裂き、左の腿を貫く。
　「く…ああっ！！」
　何とか反撃を試みるセシリアだが、パメラの動きに全くついていけない。というかまともに
見ることさえ出来ない。そして次の一撃がセシリアに向かって放たれた。　　
　「がはっ…！！！」
　その一撃は、左肩を深々と斬り苛んだ。おそらく刃は心臓に少し達したのではないかと思われた。
　「普通の人間なら確実に今ので死んだだろうね。でもあんたは馬鹿みたいにでけぇ魔力を
持ってるから、そう簡単には死ねないよ…ククク」
　バルバレラが笑いながら左肩の傷をえぐる。耳を劈くような悲鳴がセシリアの口から出る。
　「ああーーーーーーーーーっ！！」
　この世界において誰もが体内に持つ魔力というのは、いわば生命エネルギーとでもいうべきものだ。
セシリアやエリーゼたち聖女騎士は、常人をはるかに超えた魔力を持っている。その中でもクロスナイツに
任命された彼女たちは異常と言っていいほどの魔力を持っている。そのおかげで、首をはねられたりと
いった即死するような攻撃を受けない限りは、そう簡単には死なないのだった。
　とはいえ、先ほどのパメラの攻撃は、まちがいなく致命傷だろう。もはやセシリアには常人に比して
緩慢すぎる死が待つだけとなった。簡単に死ねないので、その苦しみは長く続くことになるのだ。
　「そういうこと、ほら、もっともっと楽しみましょうよ、ねえ！」
　マルカが魔力をためている気配を感じ、バルバレラは舌打ちしながら飛び退る。間違いなく
自分もろとも攻撃するつもりだと思ったのだ。彼女が避けなければ事実そうなっていただろう。
　「く…くそっ…」
　いまだ反撃をあきらめていないセシリアは、大量の血を流し、よろめきながらもバルバレラめがけて
突進していった（と言っても子どもの歩く速度よりも遅かったが）。だが突如、彼女の両横から爆発が
起こる。
　「あ…？」　
　セシリアは両腕を見た。いや、正確には見るために顔の前に上げようとした、だが。　
　「あああああっ！！！」　
　なかった。その両の腕は先ほどの爆発で吹き飛ばされてしまったのだ。その傷口からは、大量の血が
またしても噴き出していた。
　「ああっ…ああああああーーーーーーーーーーーーーっ！！！！！」
　　　　　　　　　　　



　痛みで、というよりはあるはずの腕がなくなったショックで、セシリアは絶叫した。
　「ああ、いい声だねぇ…さあ、もっと聞かせてくれよっ！」
　追い討ちをかけるようにバルバレラが左手の親指をセシリアの残った右目に突き刺した。そしてそのまま
グリグリとえぐる。そして眼球が確実に潰れた感触を確かめると、乱暴に指を引き抜いた。
　「ああああああーーーーーーーっ！！！！」
　「うるさいわよ、あなた！！」
　セシリアのあげる金切り声が癇に障ったと見えて、マルカは不機嫌そうに両手を掲げると、先ほどから
何度もセシリアを襲っている＜爆弾＞を大量に降らせた。
　凄まじい轟音がひびきわたる。
　「あ…あ…」
　その凄まじいダメージで、もはやセシリアは叫ぶことさえ出来なくなってしまった。そしてゆっくりと
後ろへ倒れた。




　「おっと！」
　だが倒れることは許されなかった。バルバレラが倒れ行くセシリアの体を抱きとめたのだ。
　「く…う…あ…」
　「まだ意識はあるようだね。じゃあもういっちょ行くよ！！」
　バルバレラの大剣が、セシリアの腹部を貫いた。赤い血が剣を通して大量に大地に吸われる。
　「げほ…っ！！」
　口からも、まるで噴水のように凄まじい量の血が飛び出て行く。




　「さて…さすがにもうこれは死ぬな」
　セシリアを倒れさせないよう抱きかかえたまま、冷厳にバルバレラは事実を述べた。
もはや、セシリアの死はすぐそこまで迫っていた。
　「ククク…でもまさか、これで楽になれるなんて思ってんじゃないよなぁ？」
　バルバレラはいっそう下卑た笑いを帯びてセシリアを見下ろした。そして大剣をセシリアの体から
引き抜いて捨てると、紫色をした小さな石を取り出した。そしてそれを口に含むと、
セシリアにむりやり口づけをした。　
　「く…んむ…ぅ…っ」
　これほどの傷を負いながらその強靭な精神力で何とか意識を保っていたセシリアは、残った力で
精一杯の抵抗を試みた。メリュジーヌ教の教義では、キスは神聖な行為であり、愛するもの以外と
行ってはならないものだった。そうでなくとも、敵に無理矢理唇を奪われることほど屈辱的なことは
そうはない。
　だが、そんな弱った体でまともな抵抗などできるはずもなく、先ほどの紫の石を飲み込まされた。
　と、その途端、全身が熱く、などどいう生易しい表現では到底足りぬ、まるで業火に包まれて
焼き尽くされるかのような感覚がセシリアを襲った。そして次の瞬間、紫色の光がせしりを包み込み、
さきほどまでの全てのダメージよりにはるか数倍するような痛みが全身を貫いた。
　「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
っ！！！！！！！！！！！！！！！！！！」
　この世のものとは到底思われぬ凄絶な声があたりにこだまする。それは数キロ先からでもはっきり
聞こえるのではないかと思われるほどの絶叫だった。
　「こいつは＜再生の魔石＞といってね…こいつを使えばどんな傷だって一瞬で治っちまうのさ…」
　そこでまたバルバレラは下卑た笑いを見せる。　
　「だがこいつは回復するのに、生命エネルギーである魔力を食らうのさ。普通魔力ってのは
減っても自然に回復するもんだが、こいつに食われた魔力は二度と元に戻らない。そして、魔力を
食われる痛みは…想像を絶するものなのさ。」
　「実験で何人か痛みのあまりショック死したくらいだものねぇ…ふふっ」
　「多分、さっきまでのよりずっと痛いだろうよ…くくく…ああ、いい声だ…最高だよセシリア！！」
　「ギャああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーっ！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！」




　永遠に続くのかとさえ思われたセシリアの絶叫は、しかし何の前触れもなく終わりを告げた。
意識を失ったセシリアは、その場に仰向けに倒れこんだ。メイルのあちこちがやぶれ、凄まじい形相で
気を失い倒れているそのあまりにも無様な姿からは、まるで女神のような神々しささえ漂わせる普段の
セシリアは影さえも見て取ることはできなかった。
　「やっぱこいつはすごいね…傷も全部ふさがってるし、腕も生えてきやがった」
　「ちょっとバルバレラさん、この娘どうするの？殺すんじゃなかったのかしら？」
　「このまま終わらせるには惜しいだろ？アジトに連れ帰ってたっぷりと楽しもうぜぇ…ククク」
　「あら、いいわねぇ、それ…」
　あまりに下品な顔で笑う二人に嫌気が差したか、パメラは言葉もなくその場を後にする。
　「おい、待てよ…今この女連れて行くからさ…よっと」
　バルバレラはセシリアを乱暴に肩に担いだ。
　「さぁて…お楽しみはこれからだよ、あたしのかわいいセシリア…」
　めくるめく快楽を想像し、バルバレラは恍惚の表情を浮かべた。




　　　　　　　　　to be continued...