魔女王クレオ率いる魔女王国イサドラ。その兵士たちが戦闘時に使用し、
その肉体を邪悪な魔物へと変貌させる魔の石・ダークマター。
そのダークマターについて、数多くの戦いを経て、いくつかエリーゼたち
クロスナイツに判明した情報があった。
その一つは、ダークマターには”ランク”があるということ。
ここまでの戦いにおいて判明しているのはランク2までだが、このランク2というのが
非常にやっかいな存在だった。
ランク1は、文字通り人の肉体を魔物のそれへと変化させるもの。
エリーゼたちが戦ってきた敵のほとんどがこれだった。
そしてランク2。これは、肉体の変化はもたらさないが、
かわりにそれぞれが個別の一つの特殊能力、いわば魔法を
使用者にもたらすのだ。
基本的に姿は普通の人間と変わりがないのだから、当然敵は人に紛れて襲いかかってくる。
わざわざ、自らの正体を最初から親切に教えて戦うバカはいない。
正面からでは、基本的な身体能力は普通の人間と大差ない彼らでは戦いにすらならないので、
戦い方は自然、奇襲もしくはランク1のサポートとなる。
これは、人々を守る為に戦うクロスナイツにとっては非常な脅威といえた。
守るために、後ろにかばった人間が突然襲いかかってくるのだ。
いかな歴戦の勇士といえど、命を懸けて守っている最中の者に後ろから刺されれば
ひとたまりもない。だがそこは世界最強国家パルミラの中でも最強を誇る聖女騎士団の、
その最精鋭たる彼女たちクロスナイツである。
ただの人間がただ襲いかかっただけなら、それでも苦もなく払いのけるだろう。
だが相手は得体の知れない能力を使うのだ。それは彼女たちですら
対応のしようがなく、実際ランク2出現後は以前に比べてはるかに負傷が増え、
瀕死の重傷を負わされたことさえあった。
これにはさすがに、弱き人々を守ることが役目の彼女たちでも、疑心暗鬼に陥らざるを得ず、
かと言って襲われている人を見捨てることもできず、
肉体的にも、また精神的にも次第に疲弊させられていった。
抜本的な対策として、ダークマターそれ自体が出す微弱な波動を
感知し、人に紛れたランク2持ちの敵を見つけるための魔具を
現在エーヴェルが開発中ではあるが、早々にできるようなものでもないため、
とりあえずはエリーゼ、セシリア、ジャミル3人のうち二人が敵と戦い、
ほかの誰かがさりげなく近くの一般人らしき者を監視するという
方法をとっていた。
それで多少は被害を軽減できるようにはなってきていたが、
いかんせん完全とはいかない。突然の能力発動には、いくら注意していても
対応しきれないこともないとは言えず、また常に戦力が3人揃って
いるとも限らない。
ことにたった一人で戦わざるを得ない状況では、ランク2の攻撃を回避するのは
ほぼ不可能とさえ言えた。

「しまったっ…!!」
その日は非番で一人街に所用に出ていたセシリアは、ランク1の敵に襲われている市民を
発見し、ミスリルメイルを装着して颯爽と敵の前に立ち塞がった。背後の市民も
敵である可能性も考慮し、警戒は解かないつもりだったが、目の前のランク1が予想以上に
強力だったため、完全にその余裕を失ってしまった。そして…
背後の市民は、やはりランク2の敵だった。その手から放たれる紫色の光線のようなものが
セシリアを襲う。



「あああああっ…!?」
セシリアは驚愕した。両手がありえない形に変わってしまっている。
蹄だった。
それを見た瞬間に彼女は理解した。自分は敵の能力によって何かの獣へと変化させられて
いるのだと。だが気づいたところで彼女にはどうすることもできはしなかった。
「く…っ!こんな、こんな…!!」
何とか肉体変化の進行を食い止めようと、ありったけの魔力を両腕に集中させるが、
抵抗空しく少しづつその肉体は獣のそれへと変化させられていく。どれほどの危機でも
そう簡単には冷静さを失わないセシリアにさえ、それはパニックを引き起こさせた。
「いや…いやぁぁあっ!!」
最早変化は両腕だけにとどまらない。両足も、そして胴体にも獣化は押し寄せる。
「あ…あがっ…ぎ…ぃっ!!」
無理矢理肉体を変成させられているのだ。何の苦痛も伴わないはずはなかった。
これまでの戦いで重傷を負ったことは何度もあった。何度もその身体を切り裂かれたし、
貫かれた。その度耐え難い苦痛を受けてきたが、その彼女をして、かつてないほどの
激しい苦痛と思わしむるに足るほどに、この獣化は彼女にダメージを与えていた。
「ぎゃあああああああああ……!!!!!!」



激痛と絶叫の後、ふいに一瞬の静寂が訪れる。
目を開けていられないほどの痛みから解放された彼女がその瞳を開けると、明らかな違和感に
襲われた。
地面の石畳が、異常なまでに近い。顔のすぐ下にあるといってよいほどに地面は近くにあった。
「ブヒ…ブヒ…?」
豚の鳴き声が聞こえる。近くに豚でもいるのだろうか。すぐには状況を飲み込めない
セシリアだったが数秒と経たぬうちに気づく。今聞こえた鳴き声が、自分の口から出ていたことに。
「ブヒっ!ブヒブヒ!!ブ…ヒ…っ!」
その事実を認めたくないが故に、彼女は必死で声を絞り出す。だがその耳に届くのは、まさしく
豚の鳴き声でしかなかった。
顔のすぐ先にある両手も、まさしく豚のそれだ。
常に現実を見据え冷静に状況を分析することにもっとも長けた彼女のこと、いくら認めたく
なかろうと、もう否定することは不可能だった。
だが、おかしなことがある。豚になったはずの彼女の声が、いつもと変わらないのだ。
言葉は話すことができないのだが、声だけは聞きなれた自分の声のままだった。
豚になったのなら、当然豚の出す声になるはずだ。人間である自分の声そのままであるはずはない。
「ブヒっ?」
状況に疑問を感じた彼女の視界の先に、これまた異常なものが目に入った。
金色に輝く筋。彼女はすぐに、それがやはり見慣れた自分の髪だと理解した。
「???」
状況判断能力にすぐれたセシリアといえど、それはまるで飲み込めない状況だった。
両手の形状からも、その視線の低さからも、鳴き声からも自分が豚になっているのは間違い
ないはずだ。それなのに、人間の声と…髪?

「ひゃはははは!!!こいつはケッサクだ!顔だけ人間のままなんてよ!!」
混乱の極みのセシリアが状況を理解したのは、市民に擬したランク2の男の笑い声を聞いて
からだった。
「魔力が強いせいで変に抵抗ができちまったのか?何だかわからんがこりゃ最高だな…ククク」
侮蔑するような無遠慮で残酷な薄ら笑いが彼女を遥か上から見下ろしている。
この男の言によれば、どうやら自分は顔だけ人間で、身体は豚…ということになってしまって
いるらしい。
「惨めだねぇ…すげぇ美人だから余計に無様だ。見世物にすりゃ売れるぜ、くはは!!」
もう我慢できぬとばかり、男は腹を抱えて大声で笑い始めた。セシリアは屈辱で唇をかみ締め
男を睨みつける。絶世の美女たるセシリアのこと、そのような表情もまた見惚れるほど美しかったが
今の場合はその相貌の美しさがむしろ滑稽さを煽る結果となっていた。何せその首の下は、豚なのだ。
「さあ、一緒に来いメス豚ぁ。お前はもう俺の奴隷だ!ハハハハハ!」
「ブヒ!ブヒブヒ!ブヒイーーーっ!!」
必死に抵抗し、逃れようとするセシリアだったが、慣れぬ豚の身体を動かすのに苦労し、あっさりと
捕らわれてしまう。そして彼女はそのまま連れ去られてしまった。

数日後、王都から少しはなれたところにある街で、ある見世物が好評を博していた。
それは、人並みはずれた美貌をもった…豚。それが首輪を嵌められ、大勢の人の前で踏みつけられ、
罵倒されて哀れげに鳴く、いや泣く姿だった。その全てが無様以外の何物でもないその珍獣は、
その後も大変な人気を得たという…。




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