戦いも進み、すでに1対1であれば単に化け物に変身するだけの”ランク1”は
クロスナイツの面々の敵ではなくなりつつあった。ただし、例外もいた。
それは、彼女らが分類したところの「昆虫系」と呼ばれる者たちであった。
硬い外骨格はミスリル製の武器をもほとんど通さず、その外骨格と、体重の
何十倍もの重さを持ち上げられる超剛力から繰り出される攻撃はミスリルメイルを
容易に貫く威力を持っていた。遭遇数でいえば非常にレアであるのが
唯一の救いだったが、とにかく一人で戦うのは危険な難敵であった。
だが、今、セシリアはそれと今一人で対峙させられていた。それも1対1ではない。
セシリア一人対「昆虫系」を含めた複数。「昆虫系」だけでなく、1対1では苦戦
しない相手も、複数集まれば一人ではとても戦えない。早い話が、これはもはや
彼女にとって絶望的というしかない状況であった。
総合的にはセシリアの方がはるかに強くても、一芸だけなら彼女に勝る、そんな
数多くの雑魚たちに徐々に追い詰められ、ついに捕まってしまったところを、
総合的にも彼女より強い「昆虫系」の最悪の一撃が振り下ろされる。
ミスリルメイルの中でも最も硬度の高いはずのヘルムをあっさりと叩き割り、
その下の白い肌を赤く染めさらには頭蓋をも切り裂いて傷は脳にまで達した。
「あ…えあ…あう…」
世界がゆがむ。敵の姿をまともに視認できない。体に力が入らない。呂律も回らない。
常に冷静に、状況を分析し続けること。それを役割として自らに課し続けてきた彼女は
こんなときでさえ自分の状況を客観的に分析してしまっていた。
傷が深すぎる。脳がもはや回復不能なダメージを負ってしまっている。
致命傷。
その言葉が頭をよぎる。目から涙があふれた。痛みは当然だが、死への恐怖や
やり残したことへの悔恨、仲間たちへの申し訳なさ、さまざまな感情がとめどなく
涙となって目からあふれ出てくるのだ。
普段はひた隠しにしているため特に親しいものしか気づいていないことだが、もともと
彼女は仲間内では誰よりも感情的になりやすく、動じやすい性質を持っていた。
それを誰より理解してるからこそ、彼女は高い知性と強い自制心で押さえつけ、
どんなときにも冷静で理性的でいることを自分に課していた。仮面を被っていたと
言っていい。
「あ、う、うあ…あ…!」
死ぬのは確実。だが、その前にせめて仲間のために一人の敵兵くらいは道連れにしたい。
力のまともに入らぬ手でレイピアを構えようとしたセシリアは、だが無情にも
背後からとどめの一撃を受け、最期の、最低限の役目をさえ果たすことができず、
大地に倒れ臥した。
女神に愛され、絶世の美貌と天賦の才を持って生まれ、いずれミルディン家を継いで
その輝かしい名を歴史に残したはずだった若き公女は、仲間にさえ看取られることなく、
戦争において何の重要性もない場面で、あっさりと犬死した。
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