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 「チキ!ここで待ってて!」
 相棒の飛竜・エクレール種のチキから飛び降りた私は、そう言い残すと上空から
見た場所めがけて全速力で駆け出した。
 ここは海に面した東部南方のペルシュ聖司卿領のとある海岸である。聖女騎士団の
諜報部からの緊急の伝令で、この近辺で化け物が暴れているということだった。
小さな村が一つ二つ滅ぼされているという。 その報告を受けた私たちクロスナイツは
それぞれの相棒の飛竜にまたがり、空を駆け戦地となるであろう場所へと急いだ。

 この広大なパルミラ全土を移動しなければならない私たちは、移動手段として飛竜、
その中でも最速種のエクレール種を飛竜騎士団より借り受けていた。
 こういう他の騎士団の助力というのは普通、機構が縦割りになっているために、
ちょっと煩雑な手続きなどを踏まねばならず、しかも変に対抗意識なんかを持って
いたりするためになかなかに難しいのだ。いかに重要任務とはいえ、なにかと理由を
つけて断られるのが世の常だ。何てばかばかしい話だろうか。
 しかしながら、幸運なことに、現在の飛竜騎士団の団長、飛竜将軍には、私の従兄である
エウリード・ソフィアが就任していた。ソフィア、という姓からわかるとおり、彼は
ソフィア聖司卿の子息である。何故そんな人がただの村の司祭の娘であるに過ぎない私の
従兄であるかというと、前のソフィア公、ラグネル・デル・ソフィアが、悪名高き
通り名を持っていたためだ。その名も”絶倫公”。要するに彼は、自身の領地の何人もの
女たちに子を成し、その数はなんとちょうど100人。私の従兄はその100番目の子に
あたる。つまりそういう愛人の一人が我が伯母だったというわけだ。
 勿論、結婚や性交を神聖視するメリュジーヌ教の聖職者、しかもその最高位神官たる聖司卿が
そのような所業をするなどもってのほか、と散々に周囲からは非難されていたわけであるが、
当の本人はこう言っていた。
 「俺はみんな愛してるから、いいんだよ」
 その言葉が真実であるかを示すがごとく、ラグネルおじさん(よく従兄のところに
会いに来ていた彼を私はこう呼んでいた)は領地の視察と称して全ての愛人とその子の
ところに足しげく通い、その全てを手厚く遇していた。おじさんは伯母さんと従兄にも
よく会いに来ていたけれど、同じ家に住んでた私ともよく遊んでくれたっけ。私は、
このおじさんが大好きだった。
 …まあ、おじさんの話はさておき、そういうわけなので、お兄ちゃん(私は従兄をこう
呼んでいる。今でも)はあっさり、協力を快諾してくれた。しかも一応聖女騎士団内の
極秘任務なので詳細を話すことはできないのだけど、お兄ちゃんは何も聞かないでくれた。
そういう大雑把というか寛大なところはおじさんによく似てるなぁ。
 そういう経緯で借り受けた飛竜なのであるが、その子たちと最初に対面したときには
ちょっと驚いた。その中の一頭は、何と私が故郷にいたときの友達だった、チキだった。
  顔なんて同じじゃない、とかなんで違いがわかるの?とかの他の二人の不思議そうな
顔などお構い無しに、私たちは再会を喜びあった。そりゃあわかるよ。だって私たち
ソフィアの山岳地帯に住むハイランダーは、飛竜がいないと生活できないもん。
だから飛竜は友達だし、友達の顔の区別もつかない奴なんて、乗せてなんてくれないんだから。

 エクレールは気性の荒い飛竜のなかでも最も気の荒い子たちだ。だから、セシルも
ジャミルも最初は相当乗りこなすのに苦労していた。今は何とか自在に乗りこなせる
までになっているけど、やっぱり小さい頃から飛竜に乗っている私とは出せるスピードが
違うようで、緊急で目的地へ向かわなければならないために私一人がかなり先行することに
なった。
 小さな村に火の手が上がっている。逃げ惑う人々の叫び声が聞こえる。私は走りながら、
戦場に到着する前に自分の得物、ブレイズレイピアに魔力を込め、天にかざす。
 「イクイップ(装着)!」
 そう叫んだ瞬間、私の身体を紅蓮の炎が包み込む。と思った次の瞬間には、それは独特の
光沢を放つ真っ赤な服に変化していた。うーん、慣れない人が見たら火だるまになってる
様にしか見えないだろうな、これ…。
 そうしてミスリルメイルを装着した私は、一刻も早くこの惨状を打開すべく、全速力で
喧騒の中心へと駆けつけた。
 「っ!何だてめえは!?」
 目の前の子供に向けて腕を振り下ろしたはずなのに、何故か目の前の子供が無事で、
訳がわからず一瞬きょとんとした顔をしていたそいつは、次に瞬間には自分の片腕が
存在しないことに気づき、その次にそれが誰の仕業なのかに気づいて、その犯人に向かって
そう叫んだ。
 「烈火の騎士…シスター・ブレイズ!」
 別に名乗る必要なんかはないけれど、問われれば名乗るのが騎士の礼儀というやつだ。
それに、子供が危ないので急いで飛び込んできたためにあまり相手のことを観察する余裕が
なかったが、名乗りの間にある程度はそれをすることができた。
 どうやら巨人系の姿をした相手のようだ。色は褐色。ダークマターによって魔物へと変化する
イサドラの戦士たちだが、魔物や化け物といってもその姿はさまざまだ。現在確認している
だけで、魔獣系、獣人系、巨人系、不定形系(スライムなど)、触手系、という風に分ける
ことができる。だが、これが全てではない。このように、あからさまに化け物な外見を
した者たちが使うのは、彼らから得た情報によれば「ダークマター・ランク1」だという。
ランク1は、外見が化け物で、その身体能力もその姿に応じた化け物じみたものになる。
今のところ確認しているのはランク2までだが、ランク2は一切人間と外見は変わらず、
それぞれ一つだけ特殊能力、いわば魔法を使うことができる。ただ身体能力は人間に毛が
生えた程度である。しかし、いつでも彼らは人間の中に紛れ込むので非常に厄介な存在だ。
能力がわからないとうかつに攻撃できないという怖さもある。
 まあ今回はランク1のようだから、多分それほど苦戦しないだろう。油断はできないけれど
巨人系はそのリーチとパワーにさえ気をつければ、動きが遅いので実はかなり楽な相手なのだ。
最初のころこそランク1でも死闘となっていたのだが、戦闘を重ねるにつれこちらにも
データは揃ってきており、対処法もおのずとわかってくる。
 「くっそ…!」
 ほんの少し戦っただけで相手にも力の差がわかったようで、敵はその驚異的なパワーで家を
一軒まるごと持ち上げると、私のほうにそれを投げつけた。顔は半ばやけくそな感じだ。
 「うわぁっ!」
 ああもう、びっくりした〜。いきなり家が飛んで来るんだもん。私はとにかく必死で横に
飛び退って難を逃れた。凄まじい轟音とともに家が粉々になる。そしてその粉塵でしばらく
周囲が見えなくなる。攻撃を警戒しつつ視界が開けるのを待っていると、かなり遠くの方に
走り去っていく奴の背中が見えた。動きが遅いわりに、逃げ足は相当のものだ。
 逃げる敵に対して、深追いは避けるべき…というのは鉄則だ。しかし、アレをこのまま放置
しておくわけにもいかない。それにそろそろ他の二人も駆けつけてくれる頃合なので、私は
逃げていく巨人を追ってその先の断崖絶壁へと足をすすめていくことにした。
 「もう逃げ場はないわよ…」
 それが何かのワナの可能性もあるし、窮鼠猫をかむの例えもある。私は注意深く相手を見据え
ながら、周囲にも最大限に警戒をした。
 「……ちっ!」
 背後に広がる無限とも思える青い海を一瞬見た後、巨人は私に向かって踊りかかってきた。
顔はもう泣きそうだ。いかにもやけくそですといった感じが満面に滲み出ていた。
 ワナ云々は考えすぎか。そう思った私は、この戦いに終止符を打つべく、レイピアに最大限の
魔力を込める。すると、レイピアの刀身に炎が渦巻いた。
 「この世の全ての罪びとは、女神の愛に身を焼かれ、その魂を浄化される…」
 猛然と襲い掛かってくる巨人。レイピアを引き、突きの構えをとる私。
 「愛の炎で、その身を焦がせ!!ブレイズ・オブ・ラブ!!!」
 巨人の棍棒が私に当たるかというその瞬間、私は巨人の横をすりぬけ、炎をまとったレイピアの
切っ先が巨人の胸を貫く。おっと、ここは断崖絶壁だった。すり抜けるときにかなり前に飛んだので、
もう少しで落下するところだった。アブナイアブナイ。
 そんなことを考えた次の瞬間には、、巨人は業火に包まれ、凄まじい叫び声とともに最期を迎えた。
それをみて、ズキリと胸が痛んだ。罪人とはいえ…やっぱりこの手で人を殺したんだ。
気分がいいわけなんかない…。


 「あれ?もう終わったんですか…?さっすが〜」
 「ま、これくらいは当然でしょ」
 全てが終わってから少しして、あとの二人が駆けつけてきた。拍子抜けしたような顔で、気楽な
台詞を吐きながら。ま、いいけどね。
 「さ、帰ろっか。後のことは諜報部がなんとかしてくれるよ」
 諜報部というのは聖女騎士団の下部組織で、情報収集や情報操作、伝冷、騎士団の後始末など
色々なことを担当してくれる。まだ炎がくすぶる小村を放置することには後ろめたさを感じるけれど、
私たちは秘密部隊なのであまりその姿を人目にさらしておくわけには行かないのだった。

 そうして潮騒を背中に聞きながら村をあとにしようとした私たちだったが…
 「!!?」
 私は本能的にその場から飛びのいた。他の二人も同じく。
 「何…この魔力!?」
 そう言ったのはセシルだ。あまり表情を崩さない彼女だが、明らかに焦燥が見て取れ、冷や汗が
頬を伝う。
 「今までこんなの感じたことないですよ…」
 ジャミルは、焦燥というよりは驚愕といった表情を浮かべている。勿論、私も二人と同様だ。
 私たちは、突然感じた異常ともいえる巨大な魔力がある方向を凝視した。緊張と驚愕、焦燥と恐怖。
さまざまなあまり感じたくもないような感情を嫌というほど味わいながら、とてつもないほど
長い時間に感じられた一瞬を過ごしながら。そうして、それは現れた。…けたたましく笑いながら。
 「きゃはははは〜っ!!ごっきげんよぉ〜〜!!皆さんお元気〜〜!?」
 当然のことながら、私は呆気にとられていた。一体どんな恐ろしい姿の相手が出てくるのかと
思ったら…
 ピエロだ。
 すっとんきょうな奇声を上げながら、宙に浮くように崖下からゆっくりと現れたそれは、誰が
どう見てもピエロだった。緑と紫の奇妙な服と、真っ白な笑顔の仮面がそれを示している。
  ビリビリと張り詰めた空気の中、動くこともできない私たち3人を尻目に、そのピエロは
ゆっくりと空中を浮遊しながら近づいてきて、その笑顔の仮面の下から声を出した。
今度は、すっとんきょうなんかではなく、明確な殺意と邪気をはらんだ、聞くだけでショック死
してしまいそうな、かつて聞いたこともない、これからも決して聞くことはないと思われるような
恐ろしい声色で。
 「ワタシの名前はっピエロ・マリー。魔女王軍元帥ですわ〜ん」
 そんな声で、おどけた動作と台詞が出てくるのだから、なおさら恐ろしいというものだ。
私は全身の毛が逆立つような思いがした。冷や汗が止め処もなくあふれ出る。心臓が早鐘を打つ。
 …いや、待て。重要なのはそんなことじゃない。今なんて言った?魔女王軍元帥…もしや、
イサドラのナンバー2ってこと?
 …違う!それも重要だけど、それですらない。
 … 
 …ピエロ・マリー、ですって?
 ……ピエロ・マリー。
 このパルミラに生まれてその名を知らぬ者は、生まれたての赤ん坊くらいのものだろう。この国では
誰もが幼いころにその名を聞いただろう。そしてその名を深く心に刻み込んでいるはずなのだ。
わけもわからない、だけどとても怖いものとして。
 そんなに悪いことばかりしてると、マリーが来るよ…
 どの子供も、悪いことをすれば必ずそう言われる。子供たちは皆おとぎ話としてその名を聞かされる。
その話を聞いて怖がらない子供を私は見たことがない。その名は、子供たちにとって確かな戒めとなる。
 でも、それは決しておとぎ話なんかじゃないんだ。
 400年前、実在した伝説の殺人鬼。それこそがおとぎ話の悪魔の正体。確認されているだけで
数万人の命を、たった一人で奪ったという、最凶の悪鬼。
 彼女の恐ろしいところは、被害者の死に顔が一人残らず笑っていたという記録だ。その笑顔の仮面の
下の、決して笑っていない、殺意と邪気と憎悪に満ちた目を見たとき、誰もが恐怖のあまり発狂して
笑い出したという。そしてついたあだ名が…「戦慄の道化師」。
 他にもマリーについての聞きたくもないうわさや伝説は数多くある。どれが本当でどれが嘘かなんて
わからないが、確かなことが2つある。
 マリーは、死なない。400年前、彼女は確かに捕らわれ処刑されたのだ。記録にもたしかに
残っている。しかし、処刑後も彼女は現れた。そして人を殺し続けた。そしてまた捕らわれ、
処刑され…。それは何度も繰り返されたという。
 そして、彼女は間違いなく聖女王家の人間だということ。そのオレンジ色の髪は、聖女王家にしか
絶対に生まれないのだ。
 この二つから、マリーはかつて聖女王の後継争いに敗れた王女の亡霊ではないか、というのが通説と
なっている。…しかしながら、聖女王家にマリーなる王女の名はただの一度として記録には出てこない。
全てが謎。だけど確かに存在した。それが伝説の悪魔ピエロ・マリーなのだ。
 「ふざけないで…マリーは400年前の人間でしょ?今生きてるわけがないわ」
 冷静に、セシルがそう指摘した。そのいつもと変わらない声に、私も少し平静さを取り戻す。
 「んふふふ〜。知ってるでしょん?マリーちゃんは死なないのさっ!」
 おどけながら、マリーを名乗るそのピエロはまたすっとんきょうな声を上げる。だが、すぐに
動きを止め、まっすぐに私たちを見た。
 見た。
 見てしまった。
 仮面の下、誰もが恐怖し、発狂したというその目を。
 「……あ…っ」
 何で?…腕が震えてる。いや、腕だけじゃない。全身が震えて、動けない。心臓は今にも
飛び出しそうなほどの凄まじいリズムを刻む。
 「これでわかったかしら〜ん?ワタシがマリーだってことぉん…」
 そう言いつつ、マリーは突然体内の魔力を開放した。
 大気が揺れる。大地が、今にも割れて飲み込まれそうに思うほどに不気味な音を立てる。 
 間違いない。こいつは、本物だ。本物の悪魔、ピエロ・マリーだ…。私の直感が、理屈なんか
すっとばしてそう告げていた。
 …次元が、違う。魔力の桁が違いすぎる。
 今のままじゃ、勝てない。絶対に無理だ。
 震える身体をそっと抱いて、私は勇気を奮い起こし、セシルに目配せした。彼女はうなづく。
 「はあっ!!」
 私はさっき巨人にしたように、レイピアに魔力を込め、炎を作り出してマリーめがけて全力で放った。
それと同時に、マリーから背を向け、全速力で逃げ出した。 
私より前に、青い姿が見える。さすが親友、言いたいことはきちんと伝わっていたようだ。
 だが次の瞬間、私は信じられないものを見た。私たちとは逆の方向へ走る、ピンクの影。
 「…馬鹿っ!!」
 両腕を胸の前で交差させて何らかの技を放つような動作をしているマリーをめがけ、走っていく
ジャミルの腕をつかんだ私は、思いっきり彼女を後ろへ引きずり飛ばした。そう思った瞬間には、
マリーの腕からまばゆい光が放たれた。
 良かった。何とか間に合った。
 何とか…ジャミルだけは。
 マリーの放った光に包まれたと思った瞬間、目の前が真っ暗になり、一切の感覚が消え去った。
 もしかして私…死んだ?


 ザザー…ン…
 ミャア…ミャア…
 
 波が打ち寄せる音、海鳥が鳴く声。
 …えーっと…
 ここはどこ?私は、何がどうなって…
 意識がはっきりしない。しかしどうやら、ここは先ほどの崖の前のようだ。巨人に破壊された村が
遠方に見える。…あれ、でも、何か違和感があるな…
 …あれ、何か村がさっきより低いところにある?何で…
 「ぐああああああっ!!!」
 突然感じた胸の激痛で、無理やり私は目を覚まさせられた。痛いので胸を押さえようとするが、
何故か思うようにいかない。不思議に思って腕のある方を見ると、どうやら十字架に磔にされている
ことに気づく。
 思い出した。私はマリーの攻撃を受けて…
 どうやら死にはしなかったようだ。しかし、今は囚われの身であるらしい。
 頬が風を感じるので、どうやらヘルムはなく素顔が露であるようだ。メイルもボロボロになって
いるのかもしれない。今は防御力失っているように思われた。
 「く…ううっ」
 胸が痛い。一体何故こんなに…そう思って自分の胸を見てみた私は、あまりのことに言葉を失った。
 でかい。
 乳房が、異常に大きくなっている。しかも、真っ赤になっていた。
 「あんまり小っちゃくてカワイソだから〜」
 背後から、あのすっとんきょうな声が聞こえた。後ろは崖だ。崖の上に、彼女はフワフワと
浮いていた。そして私の胸に手をやるとピン!と弾いてこう言った。
 「大っきくしてあげたのよ〜ん。まあ毒だから痛いでしょうけどねん☆」
 最後の一言は、あの恐ろしい声色だった。ほんのちょっと、軽く弾かれただけなのだが、意識を
失うほどの激痛を感じ、私はまた大声で叫んだ。
 それからしばらく、マリーは大きくなった私の乳房を、なでたり弾いたり、時には
ひっぱたいたりして、その度に私が激痛にもだえるのを笑い転げながら楽しんでいた。
 私は縄を切って逃れようと必死になって力を込めるが、縄は特別なものらしく、切れるどころか
そうするほどに逆に強く手首足首を締め付ける。
 「う、ううぅ…」
 新たな痛みに、思わず声が漏れる。
 「おっぱいばっかり痛くしちゃ、カワイソウよねぇ…よ〜しっ」
 そんな台詞を聞いたと思ったら、いきなり目の前が真っ赤になった。マリーに思いっきり
デコピンをされ、額は簡単に割れて血が噴き出したのだ。
 「んん〜。でもやっぱおっぱいがいいかなっ☆」
 いまいち面白くなかったのか、マリーは背中から鎌を取り出すと、それでまた私の乳房を攻撃
し始めた。
 「あああああああっ!!!」
 さわられるだけでも痛いっていうのに、斬りつけられたりした日には、本当に目が飛び出るかと
思うほどの痛みが脳髄に突き刺さる。そうして何度も何度も彼女は私の胸を切り裂き、その度に
私は死ぬほどの激痛を味わわされることになった。

 「はぁ…はぁ…」
 一体どれほど嬲られていたのかわからない。このまま永遠に責めはつづくのかと思われたが、
さっきまで楽しそうにしていたと思ったマリーが、飽きたというようなしぐさをすると、鎌をおさめ、
私の耳元でささやいた。
 「お仲間、助けに来ないねぇ。冷たいんじゃないの〜?」
 何だ、そんなことか。
 助けになんて、来るわけない。来ちゃ、だめだ。
 私たちが最優先すべきは、仲間の命じゃない。最終的な勝利、それによってこの国全てを守ること。
そのためなら、大切な仲間だって見捨てられる。それが、私たちの覚悟。この状況で私を助けに
来ることは、すなわち全滅を意味するだろう。そんなことはできない。どうか今は私を見捨てて、
もっと強くなって仇を取って…
 でも、ジャミルはまだその覚悟はないだろうと思う。あそこで無謀にもマリーに挑もうとした娘だ。
でもそこはセシルが止めてくれるはず。信頼してるからね、セシル。
 「ねえねえ、怖い?死ぬの、怖い?泣いてお願いしたら、助けてあげてもいいよっ☆」
 顔を摺り寄せ、頬ずりしながらすっとんきょうにピエロは言う。
 命ごいをすれば、助けてくれるって…?
 ふざけるな!!誰が命ごいなんか!!!
 …って言いたいけど、正直言って、怖い。痛いのは嫌だし、死ぬのはもっと嫌だ。今すぐにでも、
泣いて許しを請いたかった。お願いだから殺さないでと叫びたかった。
 皆が私を勇者であるかのごとく思っている。あこがれてくれる人もある。
 でも、それは間違いなんだ。私は尊敬されたり、あこがれられたり、そんな人間じゃない。
勇気なんてほとんど持ってない、泣き虫で弱虫で、ちっぽけなただの一人のオンナノコ。
子供のころから、ちっとも変わってなんていないんだ。
 私が12歳のころ、まだ故郷の村にいたときのこと。大好きなエウリードお兄ちゃんが、突然
村を出るって言い出した。ここを出て、もっと大きな男になるんだ、って言って。
 好きだ、って、そう言いたかった。一緒に連れてって、って叫びたかった。でも、結局想いは
伝えられなかった。私が泣き虫で弱虫で、いつもお兄ちゃんに守られていた愚図だから。
自分に自信がなかったから…
 だから、私は変えたかった。そんな自分を。強くなりたかった。強くなって、いつか想いを
伝えられるようになりたかったんだ。だから、聖女騎士を目指そうと思った。
 でも、聖女騎士になって、第1騎士隊の隊長なんてものにまでなった今も、私はやっぱり私。
泣き虫の弱虫の愚図なんだ。何にも変わってなんていないんだ。
 …だけど。
 だけど、やっぱりあのときとは違う。
 私は、一生懸命努力をした。たくさんの人たちと出会った。そうやってすごしてきた時間のなかで
手に入れたかけがえのないたくさんのもの。
 あのときの自分になくて、今の自分にあるもの。
 それが、今の私の誇り。私の支え。
 それがある限り、私は決して折れたりなんかしない。たとえ死んだとしても。
 はあ、全く…折れられたら楽だったのに、ねえ…
 心の中で苦笑しながら、私はマリーを睨めつけ、ニヤッと笑った。
 「殺すんなら、殺しなさいよ…」
 それは精一杯の虚勢だったけど、それができるのは、あのころより少しだけは前に進めたって
ことなのかな。
 ね、お兄ちゃん。
 今なら、言えるよ。私の気持ち。任務が終わったら、伝えようって思ってたんだ…
 「あっそ、じゃあ、バイバイ」
 なんだかあからさまに興味を失ったような声で、マリーはまたおさめた鎌を取り出し、私の首に
当てた。
 ああ…これで、さよならだね。みんな、ごめん…
 ゼノビア陛下…エーヴェル団長…ごめんなさい。私、期待に応えられなかった…
 ジャミル…あんたは、ほんとに最後まで手のかかる娘だったね…。もっとも、それがあんたの
かわいいとこなんだけどね…でももう私はいないから、これ以上セシルを困らせないでね…
 セシル…あなたはきっと、情けない、とか言って私の悪口を言うんだろうね。でもわかってる。
心の中では大泣きしてくれるんでしょ?セシルはほんとは誰よりも仲間想いなんだもの。
でも、泣きたいときは皆の前で泣いていいんだよ?もっと、弱さを見せてもいいんだよ…
それが、仲間ってもんなんだから、ね。
 最後になったけど…お兄ちゃん…大好き、だったよ…ずっと、ずっと…
 ああ…メリュジーヌよ…ヴェラよ…どうかこの想い、皆に届けてください…
 どうか、お願い…

 大切な人たちを思い出した後、私は母なる愛の女神メリュジーヌと私の故郷の守護神、天空の
女神ヴェラに祈りをささげた。だけど。
 だけど、それは途中で中断されてしまった。
 とても聞きなれた人の声で。
 「先輩を放しなさい!!このヘンタイピエロ!!」
 ああ…何故来てしまったの…
 私は憤りと苛立ちとやるせなさ、そして抑えきれない喜びとを込めた目で、目の前のピンク色の
影をながめた。

              to be continued... 


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