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 バカだ。
 あたしはバカだ。
 そんなことはこれまで散々先輩たちには言われてきたし、自分でも嫌というほど
自覚していた。でも!
 今日ほど強くそう思ったことはない。
 ほんっっっっっっっっっっっっっっっとに大バカだ!!

 あいつが勝てる相手じゃないってことくらい、あたしにだってわかった。
今まで感じたこともないような、とんでもなくバカでかい魔力。見ただけで気絶しそうな
くらい、恐ろしい目。
 でも、だけど、やっぱり…
 逃げるなんて、イヤだ!!だって、悔しいじゃない…!あんなわけわかんない凶悪ヘンタイ
ピエロ相手に、何もしないで尻尾巻くなんて、このあたしのプライドが許さないのだ。
 そういうわけなので、エリーゼ先輩がヘンタイピエロ相手に火炎を放ったその瞬間、
あたしは果敢にも奴への攻撃を試みた。先輩たちが逃げるつもりだってことくらい、あたしに
だってそりゃあわかったさ。わかったけど、一撃くらいは与えたいと思ったわけで…
 だから、あたしはバカだというんだ。自分が痛い目見るだけならいいけど、結局あたしの
バカのせいで、エリーゼ先輩が大変なことになってしまったのだった。

 あたしがヘンタイピエロに向かって走り出そうとしたとき、逃げる格好をしていたエリーゼ
先輩が、戻ってきてあたしの腕をつかみ、思いっきり後ろへ投げ飛ばした。その瞬間、
まばゆい光が一瞬あたりを包んだ。目が眩む。危ない。もう少しであたしはあれをまともに
食らうところだったのか。先輩のおかげで助かった。
 …って、あれ?
 …先輩、は?
 一瞬何かが太陽をさえぎったために影ができたので、あたしは思わず上方を見上げた。すると
何か飛んでいる物体が目に入り、そのものから出た赤い液体が数滴顔に降りかかる。
 「センパイっ!!」 
 エリーゼ先輩は、あたしを助けるために、自分が逃げるのが遅れたようだ。ヘンタイの攻撃を
まともに受け、空高く吹き飛ばされてしまった。直撃を受けたミスリルメイルの胸の部分が
破け、そこから血が噴き出していた。そして、いやな音とともに地面に叩きつけられた先輩は
それきりピクリとも動かなくなった。
 「セン…パイ…?」
 投げ飛ばされたときのまま立ち上がることもできず、呆然と血まみれの先輩を眺めている
あたしのところに、ヘンタイがふよふよ空中に浮かびながらゆっくりと近づいてくる。
 「何やってるの!このバカ!!」
 そう叫んでセシリア先輩があたしの首根っこをひっ掴み、無理やり立ち上がらせると、
そのまま腕を取って強引に逃げの体勢に入った。
 「ちょっ!待って、エリーゼ先輩が…!!」
 「今は自分のことだけ考えなさい!!!」
 そうしてあたしとセシリア先輩は何とか逃げおおせることに成功した。傷ついたエリーゼ
先輩を置き去りにして…
 去り際、後ろでヘンタイがこう叫んでいた。
 「ワタシはしばらくこのコと一緒にここにいるよ〜ん☆でも、早く引き取りに来ないと
このコ、処刑しちゃうからっ☆」
 ちくしょう、ふざけやがってこのヘンタイめ!


  「何でですか!?何で先輩を置い…」
 かなり遠くまでセシリア先輩に引っ張っていかれたあたしは、もう完全にあの強大極まりない
ヘンタイピエロの魔力が感じられなくなるほどの遠くへ来たあたりで解放された。そこで
エリーゼ先輩を置き去りにしたことを責めようとしたが、すぐに凶悪な鉄拳が飛んできて
中断される。こういうときはビンタじゃないの、普通は?
 「私たちの任務は何?言ってみなさい」
 いつもと全く変わらない冷静な口ぶりだ。この人が激昂したとこなんて、神学校の後輩の
ために先輩たちの百合小説(神学校では、エリーゼ先輩とセシリア先輩は絶大な人気を誇っており
しかも彼女たちの間では二人は恋人同士ということが公然と信じられている。女の子しかいない
禁欲的な生活の中では、女の子同士なんて別に珍しくないことなんだよ、うん。皆飢えてる
からね。あ、もちろん二人は実際にはそういう関係ではないよ)を書いてるのを見つかったとき
くらいだ。あのときはこの世の終わりかと思ったね。うん。って、いやいや、そんなことを
言ってる場合でなくて…。
 怒ってる。まあそりゃあ当たり前だけどさ。腕を組み、倒れ臥すあたしを見下ろす尊大で
冷たい無表情を顔に貼り付けた、貴族オーラ満載のその立ち姿は、いつもと何ら変わるところは
ない。でも、あたしにはわかる。長い付き合いだからね。普段なら、無表情に見えてもほんの
ちょっとだけ笑ってたり目が怒ってたりするのさ。本当に怒ってたり、悲しかったり、
とにかく感情が揺さぶられているときほど、この人は完全に無表情になる。無表情は
ただの仮面。それは実は誰より情に流されやすいことの裏返しなのだ。(ただしそれを超えると
完全に表情が崩れてしまうのだけど)
 「イサドラの脅威から、このパルミラを守ること…」
 おずおずと、あたしは答える。
 わかってる。先輩が何を言いたいのか。
 守るべきは、この国。奴らと戦えるのはあたしたちだけで、あたしたちが全滅することは、
すなわちそれはこの国の終わり。全滅する危険を冒すより、一人だけでも生き残り最後に勝利を。
 わかってる。わかってる…。そんなことはわかってる!
 だけど!
 そんなこと、納得できない。できるはずがない。
 二人がどういう理由で今戦ってるのか、それは知らない。それぞれに理由があるだろう。
でもあたしが戦うのは、この国に大切な人たちがいるから。その大切な人たちというのは、
他ならぬ先輩たち…そして、母のことだ。
 …あたしの故郷は、東部クレルモ聖司卿領と東方暗黒大森林地帯との国境地帯、極貧の村
レギア。そのあたり一帯では、暗黒大森林の亜人種とパルミラ人との混血はさほど珍しくなく、
あたしも実はハーフエルフだったりする。尖った耳は髪の毛で隠してるけどね。で、そういう
混血の子は高く売れるらしく、国境地帯には人買いが日常的に存在する。勿論、そんなことは
法律が禁じているが、そんなものはこの極貧地帯では何の効力もありはしないのだ。
 あたしもまた、そんな風に売られた子供の一人だった。両親はそんなことを望まなかったが、
たくさんの弟や妹を抱え、誰かが身売りでもしない限りは生きてなんていけないところまで
困窮していたから、長女のあたしが望んで人買いに身をゆだねた。まだ8歳のときだ。
8歳の子供がそんなことを気にしなければならない、あそこはそんな場所だった。
 そうしてあたしが売られた先は旅芸人の一座だった。あたしはそこで、踊りと…そのほか
様々なことを教わった。獣のような男たちを悦ばせるための、それはそれは様々なことを。
 もう思い出すのも苦痛なその場所から逃げ出したのは、12歳のときだったろうか。
王都を一人さまようあたしを、拾ってくれたのはクレスティア・レフカンディという女の人。
その人はかつての聖女騎士団副長で、そのときは引退して神学校の騎士科で講師をしていた。
彼女はエリーゼ先輩とセシリア先輩の恩師であり、その日からあたしの母になってくれた人。
 とはいっても、随分とひどい思いをしてきたあたしだ。そのころはすっかりグレて他人なんて
すべて敵だと思うようになっていた。特に、優しくしてくる人間は絶対に何か裏があると
思い込んでいたものだ。そんなわけだから、あたしは母に対しても全く心を開くことはなかった。
ただ生きるには都合がいいので彼女の家に住ませてもらってはいたけれど。
 そんなあたしを見かねたのか、母はあたしをいきなりリーヴェ神学校の騎士科に入学させると
言い出した。それから入学試験を受けたわけだが、あたしには当然全くやる気がなく、非常に
不真面目な態度で試験に臨んだのだった。…はずなんだけど、何でか受かっちゃったんだよね。
これが。いくら元副長だからって…裏口入学は良くないんじゃないですか、お母さん?
ま、それはモチロン冗談だけどね。お母さんはそんな人じゃないさ。
 で、神学校は全寮制で、あたしも家を出て寮に入ることになった。寮の部屋は3人部屋で、
普通は同じ学年のコと一緒になるものなんだけど、たまに人数と部屋数の都合で違う学年の
人と同部屋になったりすることもある。それがまさにあたしと先輩たちだったわけだ。
そう、それがあたしたちの出会いだった。
 聖女騎士団は基本的に身分は問わないのだから、その養成機関である神学校の騎士科も
色々な身分の人間がいる。ただ、どんなに下でも町や村の司祭の娘クラスで、あたしのように
本当に社会の最底辺にいるような人間は誰一人としていやしなかった。身分不問だから
基本的にそれを聞かれることはないが、そんなものは立ち居振る舞いである程度わかって
しまうもので、すぐにあたしが卑しい身分の出ということが知れわたり、入学後まもなく
あたしはずいぶんとひどいいじめにあうはめになった。これがまた相当に陰湿で…
幼いころに餓死寸前の貧しい思いをした挙句に売り飛ばされ、芸と称して犯され、しつけと
称して虐待され…そんなあたしでさえつらいと思う、それはそれは凄まじいものだった。
身分の高い人間という奴は、見た目は綺麗でも心は腐ってるものなんだな…とあたしの心は
ますますネガティブな方向へと流れていった。そして、毎日ベッドの片隅にこもって泣いて
暮らしていた。ああ、暗いなぁ…なんて暗いんだ、あたしの青春。
 ただ、救いがないわけじゃなかった。それは、同じ部屋の先輩たち。先輩たちはいつも
夕食後も自主トレ(二人の自主トレは地獄の特訓と呼ばれ二人が卒業した今も伝説として
語り継がれている)を欠かさなかったのだが、あたしが泣いているときは、何も言わずに
ただ黙って部屋にいてくれた。一人は優しい笑顔で、一人はほんの少しだけ心配そうな
雰囲気を漂わせた無表情で。
 初めて二人にあった日、あたしは二人にひどいことを言った。近寄るなとか話しかけるな
とか、そういうようなことだ。エリーゼ先輩なんか泣きそうになってたのを覚えてる。だから、
それ以来二人はあたしに話しかけるようなことはなかったし、あたしが泣いてるときだって
別に慰めてくれたり優しい言葉ひとつかけてくれたわけじゃない。ただ、黙って部屋に
いてくれただけだ。だけど、だけど…あのときのあたしには、それで十分だった。
むしろ、何か言われたら反発してあたしは余計に居場所をなくしていたんじゃないかと思う。
二人の優しさが…とても、とても心に沁みた。そうしてすこしづつだけど、あたしは二人との
距離を縮めていった。
 「ありが…と…」
 そう言えたのは、出会ってから半年も経ったころだったろうか。そのときの二人の顔は
今でも忘れない。エリーゼ先輩はもうはじけるようなまぶしい笑顔を見せてくれたし、
セシリア先輩なんか無表情を取り繕えなくなったようで、照れたような怒ったような妙な顔を
していたが、嬉しそうにしてるのは明らかだった。
 いじめに関しては、いつの間にかなくなっていた。あたしは不思議に思っていたけど、
あとで他の人に聞いたところセシリア先輩がなんとかしてくれたらしい。あたしを
いじめてた奴らのところに行って、笑顔で言ったそうだ。
 「こんなつまらないことで将来を棒に振りたいの?」
 先輩は何と言っても12聖司卿家筆頭格のミルディン家の次期当主と目されている人で、
それはつまり将来的に聖女王に次ぐ地位に就く人物ってことで、誰もがそのことを知ってる。
その人がそんなことを言うってことは…要するに
「これ以上やるならあなたたちを社会的に抹殺しますよ、ミルディンの名にかけて」
てことだ。恐ろしい…。普段無表情の人が笑顔でそれを言うんだから、なおさらだ。
 エリーゼ先輩はエリーゼ先輩で、天使のような笑顔であたしと仲良くしてあげてって
頼んでくれたらしい。あの人は一旦戦闘モードに入ると「烈火の騎士」と呼ばれるだけ
あって熱血で荒々しくなるのだが、普段は穏やかで本当に天使のように優しい人なのだ。
あの笑顔で落ちないやつはなかなかいない。
 それからのあたしはというと、すっかり8歳以前、つまり売られていく前の自分の性格を
取り戻した。あんまり深く物事を考えない楽天家で(だから何とかなるだろってことで自分で
身売りすることを決めたわけで…)、明るく人懐っこい。それがそれ以後の他人が評した
あたしの性格。そういう性格ってのは何かと得なもので、友達もいっぱいできたし、母にも
懐いてとても喜んでもらえた。で、そういう風になってから思ったんだけど、お母さんが
あたしを神学校に入れたのは、結局あたしを先輩たちに会わせるためだったんじゃないかなぁと
いう気がする。お母さんは先輩たちの恩師で二人のことは良く知ってるから、二人なら
きっとあたしの心を解きほぐしてくれるんじゃないかと思ったんだと思う。やっぱり
そういうことは大人よりも同年代の子のほうがいいってことなんだろう。
入学に関しては不正はない(はずだけど)が、部屋割りに関してはおそらく決めたのは
母に違いない。ありがと、お母さん。


 …長々と過去話をすすめてしまったが、要するに何が言いたいのかというと、今の
あたしがあるのは先輩たちと母がいたからだってことで、あたしはだからこの三人のために
戦ってるわけだ。だから、だから、だから!
 「それがわかってるなら、今ここでエリーを助けに行くなんて、できない相談だって
ことくらいわかるわよね。今のままじゃ、全滅するだけじゃない」
 そこからは何の表情も読み取れない。バカな行動をしたあたしと、大事な親友を助けに
行く力のない自分への怒り。それがその無表情にはあらわれていた。
 「そんなもん知るか!!」
 完全に無表情となったセシリア先輩に、あたしは思いっきりさっきの鉄拳のおかえしを
してやった。
 「あたしにとって大事なのは、先輩たちなんですよ。だから、先輩たちを見捨てちゃあ、
あたしの戦う意味なんて何もなくなるんです!!」
 驚いたように先輩はあたしを凝視した。あたしはさらに先輩の胸ぐらをつかみ声を
大きくして叫ぶ。
 「それでいいんですか!?セシリア先輩にとって、エリーゼ先輩はその程度の存在
なんですか!!?これで勝ったって、意味なんてあるんですか!!?」
 そこで、先輩は歯噛みした。とても悔しそうな表情を浮かべる。感情制御の限界を
超えたらしい。
 「そうね…あんたの言うとおりだわ」
 やっとわかってくれたか。先輩は心を決めたのか、すぐに無表情になる。ただし、
その目は少しだけ笑っていた。
 「今ここであの娘を失ったら、勝ち目なんてまずなくなるわね。あんたなんて、
まともな戦力として数えられないしね」
 素直じゃないなぁ…エリーゼ先輩が大切だから失いたくないって言えばいいものを。まあ、
そうやって軽口をたたけるということは、それなりに余裕が出てきた証拠だ。きっと
いい策でも考えついたんだろう。さすがにあたしと違って頭の回転が速い。
 「だから、あんた一人で行って頂戴」
 は?
 今何て?あたしの聞き違いかな?
 一人で、行け?
 んーと、言ってる意味がわかんないよ?これってあたしがバカだから?
 頭の上に巨大なはてなマークを浮かべるあたしを無視するように、先輩はさらに言った。
 「やっぱり全滅の危険は冒せないわ、だから…」
 そこで、いきなり普段見せないような笑顔になる。あたしはあとずさる。この人の笑顔は、
確実に裏がある。この人が本当の笑顔を見せるのは、エリーゼ先輩の前でだけだからだ。
そうでなくてもこの場面でこの笑顔は、バカのあたしでも危険を感じてしまうってものだ。
 「あんたが一人で助けてきなさいな。…命に代えてもね!」
 い、一体この人は何を考えてるんだろう?その笑顔からは、何の考えも読み取ることは
できなかった。



 で、ここからが前回の話の続き。あたしはあのヘンタイのいたところに戻った。モチロン
一人でだ。すると、凄まじいものが目に入る。
 なな、何じゃありゃあ…なんてでっかいおっぱい。あたしよりよっぽどでかい…って、
そんな場合じゃなかった。エリーゼ先輩がひどい目にあわされている。てか首に刃を
あてられて、まさに処刑寸前てところだ。チクショウ、このドSのヘンタイめ、あたしが
成敗してくれるっ!!
 「バカ、何で来たの!?すぐ逃げなさい!!」
 泣きそうな顔でエリーゼ先輩は諭すように言う。
 も〜、二人してバカバカ言わないでくださいよぉ。これでも結構傷ついてんですからぁ…。
 「それは聞けませんね。例え隊長命令でも」
 きりりとした顔であたしは毅然とそう言い放つ。ふふふ、キマッタぜ。
 「あれれ〜?もうひとりはどしたのぉっ?」
 その嬌声にあたしは思わずこけそうになる。ああ、もう、調子崩れるなぁ…こいつの
このバカみたいな喋り方…
 「来ないわよ。全滅するわけにはいかないからね…」
 再び毅然とした調子で言おうとしたが、一度崩れた顔は元には戻らない。随分としまりの
ない顔に生んでくれたものだ、あたしの実の母は。
 「そうだよねぇ〜☆うん、じゃあなんで君は来たのかなぁ〜?」
 そこでピエロらしくおおげさに首を傾げて見せたヘンタイだったが、すぐに納得したように
うなずく。モチロンおおげさに。
 「ああ、そっか〜。バカ、なんだねキミはっ♪」
 お前に言われたくない!!ぶちきれたあたしは走り出しレイピアに力を込めてヘンタイ
めがけて突きを放った!
 「おりょ?」
 レイピアの切っ先はヘンタイのわき腹を切り裂いていた。ヘンタイはよける動作をした
もののよけきれず、軽く驚いたようにまた妙な声を出す。
 「速いねぇ〜キミ」
 それまでの緩慢な動きがうその様にすごいスピードでレイピアの届かない上空へと
逃げたヘンタイは、またしてもおどけた動作でおおげさに驚きを表した。
 そりゃあ速いさ。あたしはスピードタイプだからね。
 ん?スピードタイプって何かって?それを説明するには、マジカルアーツを説明するのが
早いね。
 マジカルアーツ。それがあたしたち、聖女騎士団が使う体技の名だ。体内にだれでも
持っている魔力を極限まで高めて制御し、それを身体の運動に使うことによって
常人をはるかに超える爆発的身体能力を得る。このマジカルアーツによってあたしたち
聖女騎士団は「人を超えし者」なんて呼ばれたりする。で、人それぞれ魔力の制御の仕方に
得手不得手があり、そのためにマジカルアーツ使いはいくつかのタイプに分かれる。
 まずは、パワータイプ。筋力が特に高まり、高い攻撃力を得る。
 次に、防御タイプ。うたれ強くなる。
 回復タイプ。魔力によってどんどん体力や傷が回復する。
 スピードタイプ。移動に魔力を使うのが得意なタイプで、その名の通りすばやい動きが売り。
 感覚タイプ。視覚や聴覚などの感覚が鋭敏になる。索敵などには欠かせないタイプ。
 そしてバランスタイプ。全ての能力が高いが、突出したものがないので悪く言えば器用貧乏。
 皆がどれか一つしか持ってないわけじゃなく、2つ以上持ってる人もいる。
 ちなみに、エリーゼ先輩はパワータイプと防御タイプ。ガチンコの肉弾戦向きだ。
 セシリア先輩はバランスタイプ。あらゆる状況に強い。
 あたしは、スピードタイプと感覚タイプ。斥候なんかには最適だ。この性格がなければね。
  「あ〜、もしかしてキミ、スピードタイプぅ?」
 くるくる宙返りしたあと、ゆっくりと下降しながら楽しげに話すヘンタイ。
 !?んげ、何だって知ってるんだ?マジカルアーツは聖女騎士団の秘儀なのに。
 「知ってるよぉ〜。だって王女にとってはマジカルアーツは必修だも〜ん☆」 
 きゃはははは…とヘンタイは奇妙な声で笑う。ああもう、むかつく。…ん?待て、今、
王女って言った?じゃあ、うわさは本当なのか?このヘンタイが、昔の王女の亡霊だって
あのうわさ。まだ意識のあるエリーゼ先輩もそれを聞いて黙っていられなかったらしく、
弱々しい声でたずねた。
 「あなたは…王女なの?でも…マリーなんて名前、記録には…ひっ!?」
 その質問は途中で途切れた。ヘンタイがいきなり振り向いて先輩をにらみつけたからだ。
仮面の下のあの目…あれを見ただけで、あたしたちでさえ戦う気力が相当に失せる。普通の
人ならショック死してもおかしくないかもしれない。
 「歴史から消された王女なんていくらでもいるさ…知らないのか?」
 さっきまでのむかつく声から一転、とてつもなく恐ろしい声を放つヘンタイ。喋り方
までもがすっかり変わっている。
 「う、うう…あっ」
 その目にじっとにらみつけられて、先輩は遠めにもわかるほどがたがたと身体を震わせた。
まともな言葉すら出なくなっている。どうやら、聞いてはいけないことだったらしい。
その様子からは深い恨みのようなものが感じられる。背後から見ても、さっきより凄みが
増しているのがわかる。どうやらうわさは本当なのかも。 
 しばらく先輩を怖がらせたあと、急に飽きたのかくるりとあたしの方に向き直るや、また
むかつく嬌声を放つ。
 「ワタシのタイプを教えてあげよっか〜?」
 ふん、いいでしょう、聞いてあげるわ。自分から教えてくれるってんならこっちも楽だし。
が、あたしがそう答える前に、自分からヘンタイは答えはじめた。
 「全部だよ〜ん♪」
 はぁ!?全部!?攻撃も防御も回復もスピードも感覚もってこと?いくらなんでもそんな奴
聞いたことないぞ!?それはバランスタイプじゃないの!?
 「違うよ〜ん☆全部ったら全部なのっ♪」
 アレだけの莫大な魔力で、しかも全部得意!?無敵じゃないのかそれは…
 「し・か・もっ」
 なんだ、まだあるの?もういいよ、聞きたくない。
 「ワタシのダークマターは、ランク4なのさ〜♪」
 あーもう。まだ2までしかお目にかかったことないよ。なのに3通り越して、4?もう
どーにでもしてください。勝てる気がしないっす…。
 って、いやいや、そんな投げやりになってる場合じゃない。あたしは先輩を取り戻しに
来たんだ。命に代えても、なんてセシリア先輩は言ったけど、それは勘弁して欲しい。
あたしは、絶対先輩を助けて生きて帰るつもりだ。あたしが死んだら、先輩たちもお母さんも
悲しむはずだから。大切な人たちを、悲しませるのはいやだから。
 その点、エリーゼ先輩はどうも仲間のためなら死んだって構わないって思ってる節があるね。
だめだよ、それは。絶対、最後まで三人一緒じゃないと。セシリア先輩なんて、エリーゼ
先輩がいなくなっちゃったら絶対生きていけないと思うし。
 だから、ここはあたしが何とかしなくちゃ。何とか隙を作って、先輩を助け出して逃げる。
誰が無理だと言おうと、関係ないさ。あたしはバカだから、そんな理屈なんていらないのさ。
やるったらやるの。それがあたしの生き方なんだから。
 「はあーっ!!」
 意を決したあたしは、怒涛の連続突きをヘンタイめがけて放つ。しかし…
 「ああっ!?」
 そんな、今前にいたはずなのに。いつの間にかヘンタイはあたしの後ろに回り、持っていた
鎌で背中に斬りつけていた。鉄の武器でも傷一つつかないはずのミスリルメイルが紙の様に
裂けて背中から血が吹き出ているのがわかる。尋常でない攻撃力だ。加えてあたしよりはるかに
スピードがある。さっきの全部ってのは、まんざらうそでもなさそうだ。
 しかし、ここで負けるわけにはいかないんだ。まだ、手はある。あたしはおもむろにヘルムを
取り外して素顔をあらわにすると、耳にかかっている髪の毛を払ってそれを露出させた。
 「おやぁ?キミはエルフさんなのかい〜っ?」
 尖った耳が珍しいのか、興味深そうに嬌声をあげるヘンタイ。そーだよ。半分だけだけどね。
 そしてあたしは目を閉じて耳をすました。それは、風を感じるため。エルフはもともと聴力が
優れた種族だが、あたしはその血をひいている。さらに、感覚タイプとしてさらに聴力を
高めることができるのだ。こういう風に聴覚に全神経を集中させたとき、あたしは風を「聞く」
のでなく「見る」ことができる。風の動きを見て、相手の動きを事前に読むことができるのだ。
 「そこだっ!!」
 ヘンタイが目に見えぬスピードで左側から攻めてくるのを読んで、あたしはそれに合わせて
突きを撃つ。それが見事にヒットした。が、少しだけヘンタイの服が裂けただけだった。くそう、
やはり防御も半端じゃないのか…
 「むむ、やるねぇ〜♪」
かわされたのが面白かったのか、ヘンタイは楽しげにバンバン攻撃を繰り出してくる。それを
あたしは全て紙一重でよける。
 「何かキミの動きって〜、踊りみたいだねっ☆」
 あたしの動きを見て、またさっきのようにおおげさに首を傾げる。そうさ、これがあたしの
戦い方。踊りの洗練された無駄のない動きというのは、武術とも通じるところがあるのだと
お母さんに言われたのだ。まあ、旅芸人としていやいや覚えさせられた踊りだったけど、
辛いことも決して無駄にはならないってことかな。
 そこでヘンタイははたと動きを止めると、しばらくまた首を傾げて考え込んでいた。何か、
いたずらを一生懸命考える子供のような雰囲気を感じたあたしは、いやな予感に身震いした。
 「じゃあ、もっと踊ってもらおっかなっ♪」
 そう言うが早いか、凄まじい突風があたしに向かって飛んでくるのを感じ、あたしは間一髪
それを逃れた。と思ったのだが、胸にかすっていたらしく、メイルが破れておっぱいがこぼれる。
 「きゃあっ!?」
 あたしはびっくりしておっぱいを両手で隠したが、そんな場合ではなかったようだ。
 「うおおおおっ!!」
 さっきの突風が、何発も襲いかかってくる。あたしはおっぱいから手を離して必死になって
それらをよけた。しかし、あまりの速さによけきることができずに少しづつ傷を負っていく。
 「あ、それそれっ♪」
 ちくしょー、楽しそうにしやがって!!よけるたびに大きなおっぱいが揺れる。もう、
動きづらいったら…エリーゼ先輩はあたしのおっぱいを羨ましがるけど、こういうときは
絶対先輩みたいな貧乳…もとい、小ぶりのおっぱいの方が有利だ。
 しかし、どうもこれは風の魔法らしい。ということはこれはこいつ自身でなくダークマターの
能力なのだろうか。ただ聖女王家の人間は一般人と違い魔具なしで魔法を使える者もいるという
話だから、そうとも限らない。これでまだダークマターの能力も加わるってのなら、もう勘弁
して欲しい。
 「ぐうっ、ああっ!!」
 必死になってよけるあたしの様子は、まるで踊っているようだ。でもとんでもないスピードで
連発してくるもんだから、到底よけきれない。徐々に、徐々に傷は増えていく。それが随分
長く続いたもんだから、どんどん体力も削られていく。そうすると動きも鈍くなってくるので、
受ける傷は次第に深くなってくる。そしてそれがまた体力を奪う…
 「あ、あああっ…」
 なす術もなかった。足に深い傷を受け、もう動けなくなってあたしは力なくその場に
くずおれた。
 「はあ…はあ…」
 く…そっ、こんなところで…
 あたしは、先輩を助けなくちゃなんないのに…
 立ち上がろうとするが、手に力が入らない。意識が遠のく。
 「ふざ、け…るな…」
 それでも、あたしは立ち上がった。冗談じゃない。こんな簡単に、やられてたまるか!
 でも、そんなあたしをあざ笑うかのように、立ち上がった瞬間にヘンタイの拳があたしの
お腹にめりこんでいた。
 「あ…っ?」
 あまり力を入れてる感じではなかったが、アバラが数本いってしまったらしいのが自分でも
わかる。だけど、あたしは倒れない。必死に踏ん張って耐える。
 「うぐ!ああうっ!んああっ…!!」
 倒れないあたしが面白かったのか、ヘンタイはそれから何発も何発も同じところを殴る。
痛い、痛いよ…。もう死にそう。誰か助けて…!
 でも、倒れてなんてやるもんか…!絶対、絶対…!!打たれ強いんだよ、バカはね。
 「はあ…はあ…、もう、終わり?大したことないわね…」
 不敵にもあたしはニヤリと笑う。結構かっこいいんじゃない、あたしって?でも、それが
ヘンタイのご機嫌を損ねてしまったらしい。ヘンタイは右手を思いっきり振りかぶると、
力をためるように息を大きく吸った。
 「へへへ…」
 やばいなあ…これはダメかな…。
 って!あきらめてどーする!!あきらめるなんて、頭のいい人がすることだ!バカの
あたしには存在しない概念なんだ!
 あたしは全ての魔力を耳に集中した。それによって攻撃の軌道を読み、それが左頬に来ると
判断したあたしは、一瞬にして集中した魔力をそこに移動させる。それはもうほとんど神業と
言ってもいいくらいのものだ。よくそんなことができたなと自分でも感心してしまう。
 「うううっ!!」
 バキィッ!!という音とともに、頬骨の砕ける感触があった。だが…
 倒れない。あたしは、まだそこに立っていた。立ち続けていた。
 「ふ、へ、へ…」
 またしてもあたしはニヤリと笑う。頬骨が砕けてるもんだから、左側は痛くて右側だけの
笑いになってしまっていたけど。
 そのときだった。凄まじい轟音とともに、あたしたちのいる位置から少し遠いがけっぷちの、
エリーゼ先輩がはりつけられている十字架が倒れた。
 「な、何なに、なんなの〜?」
 予想外の事態にさすがのヘンタイも驚いたようで、背後を振り返って甲高い奇声を上げる。
 そこに見えたのは…
 「待たせたわね…時間稼ぎご苦労様」
 そうさ…この人がエリーゼ先輩を見捨てるなんて、絶対にありえない。
 黄金の滝を風になびかせ、背後に広がる無限の海のような青い衣をまとったその姿は、
まるで神話にある戦女神ケイロンそのもののように見えた。
 「遅いですよ…おかげでボロボ…ロ…」
 もっと文句を言いたかったのだが、最後まで言うことなくあたしはその場に倒れた。
 あたしの役目は果たしましたよ…だから… 
 後は任せます、セシリア先輩!
  



               to be continued... 


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