「なつめっ!逃げなさい!私が時間を稼ぐから…っ!」
「い、いやっ!私も一緒に戦う!私だって修行したんだから大丈夫だよ!」

 娘の言葉を嬉しく思いながらも、母・美希は現在の状況と娘の力を冷静に分析し、
首を振る。
スクラッチ社を襲った謎の集団……、彼らによる攻撃により先ほどからスクラッチの
本社ビルを地震かと思うほどの衝撃が襲っていた。
そして聞こえる社員たちの悲鳴、その声はやがて、激獣の武術とスクラッチ社の
技術を一つにする特別開発室までたどり着くだろう。

 屋内に備え付けられたカメラから映し出される、ジャンやラン、レツたちの戦いの映像。
しかし、敵はまるで蟻の群れのように複数で襲い来ている、5人だけではとてもでないが
撃ち洩らしてしまう。
その防御の隙を突いて、侵入してきた戦闘員とおぼしき男たちは、スクラッチ社の
サーバ室に潜入しデータを検索したが、技術担当と思われる男は一瞬データを見た後、
すぐ隣にいる男に振り向き首を振った。
 その映像を見た瞬間、美希は察した、彼らの目標が何なのかを。
 表向きはスポーツ用品開発会社であるスクラッチ社の本社データに無いもの、
それはすなわち武と技術を一つにする科学力……
この特別開発室こそが彼らの求めるもの。
やがて彼らも本社データの空調データ、予算データ、電力データなどからこの地下に
隠された特別開発室の存在に気づくはずだ。
ならば、ジャンたちがこちらに向かうことが出来ない今、その技術を守るのは自分しか
いない。

「ママ一人じゃ無理だよ!ゲキスーツもないのに!!」
「大丈夫…私は、ジャンたちに比べて激気が少ないし、過激気も使えない……だけど、
私も激獣レオパルド拳の使い手…それに」
「?」

 美希が懐から出した物を見てなつめの目が驚愕に大きく開かれる。
それはピンクの色をしたゲキチェンジャー。

「ゲキスーツなら、あるわ。目覚めよ獣の力!ビーストオン!!」

 ゲキチェンジャーをセットし、ランやジャンたちのように演舞をし、拳を突き出した瞬間、
美希の体をピンクのゲキスーツが覆っていた。
ランと同様のスカートがついたタイプのゲキスーツ。その姿を驚きながら見つめるなつめ。

「私はさっきも言ったようにジャンたちに比べて激気は少ないわ。だけど、この
激気チェンジャーにはその激気を少しずつ、少しずつチャージしていたの。
 それこそ、一回の戦闘では過激気に迫るほどに、ね。もし何かが起きたとき、
そう、こんなこともあろうかと、という時のために」

 技術者の言いたいセリフベスト3に入る言葉を告げられたことに、この状況で
も少しだけ笑みをこぼしながら美希は言う。
そして、同じゲキチェンジャーをなつめに差し出す。

「…?これは?」
「つけて、私に拳を突き出して」
「うん……」

 ゲキチェンジャーをセットして、手を握りしめて母に差し出すなつめ。
その小さな拳に自身の拳を合わせると、美希のゲキチェンジャーが光り輝き、
やがてその光はなつめのゲキチェンジャーへと移っていった。
拳に広がる熱い感覚を味わいながらなつめはこれは何かと尋ねた。

「チャージした激気をあなたのチェンジャーにも、渡したの。今から逃げる途中、
ビルの倒壊やガスの噴出などに巻き込まれるかもしれないし、
 それに敵に出会うかもしれない。そのときはビーストオンしてひたすら逃げて…」
「そ、そんな!私もゲキスーツを着れるんなら一緒に…」
「戦いを舐めないで」
「う……」
「まだ練習生でしかないあなたがいても足手まといにしかならないわ。だから、
あなたはひたすら逃げて、逃げて、この危機を逃れなさい」
「で、でもっ!」

 ビーーーーーーーッ!ビーーーーーーーーーッ!

 敵の侵入を告げる警報が響き渡る。 
2人の居る特別開発室の明りが消え、すぐに予備電源に切り替わり薄暗い光の中、
赤い警報ライトが光り輝く。

「さあ、なつめ!早く行きなさい!」
「だめ、だめだよ!私も…」

 外から聞こえてくる押し寄せる足音…1人や2人のものではない、それがなつめの
不安を大きくさせる。
美希はなつめの腕を引っ張ると無理やりにその小さな体を引きずり、隠された地上への
エレベーターのものへと連れて行く。
ガガガガガガッ!と爆音が響く。
振り向いた美希はロックされた固い鋼鉄のドアの番の部分から煙が立ち込めているのを見た、
おそらくドアに爆薬を仕掛けて侵入してくるつもりだ。

「なつめ!このエレベーターならすぐに地上に出られるわ!さあ!」
「ママ!だめ、ママ!!」

 ドアに無理やり押し込められるなつめ、すぐに閉められる扉。
ガラス越し、母のバイザー越しに美希の優しい瞳が見えた気がした。
そして、美希は外部からエレベーターを起動させる、すぐに上昇していき、母の
姿が見えなくなる……。

「ママッ!ママッ!ママァァアーッ!!!!!」

 なつめの絶叫はむなしくエレベーターの中に響くだけだった…。
美希は、見えるはずも無い娘の姿を追って見上げる、その耳に先ほどとは違う爆音が響く。
ズガアアアアンという音と共にドアが吹き飛び、美希のすぐ横をかすめて壁にめり込んだ。
その方向を向きながら美希は、激獣レオパルド拳の型を取り叫んだ。

「深慮望遠、理(ことわり)をもって武を極める!アブソリュート・ロジック!
ゲキピンク!
 ここにあるデータは私のもう一人の子供のようなもの…絶対に守り通してみせる!!」

 男たちの前に立つピンクのスーツに包まれた体をもって、メインコンピュータ
の前に立ちはだかる美希。
そして、戦いが始まった……。




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