コツ、コツ、コツ… 「『教え子のタケシを誘拐した。タケシの命を助けたければ、町外れの岩場に一人で来い』クモンデス…なんて卑劣な!」 日曜日の夕暮れ、家へ突然投げ込まれた手紙を一読し、怒りに肩を震わせる月ひかる。 「姫、これは間違いなく罠ですぞ!」 「でも、タケシ君の命がかかっている以上、行かないわけにはいかないわ!」 「しかし、今日の天気は見ての通りの曇り空。これではムーンライトパワーの補充も出来ませんぞ」 「…パワーの残量は半分といったところね。厳しい戦いになるわ」 バルの言葉に左手の指輪を見つめ、静かに呟くひかる。だが、その決意は揺るがない。 「正義は…必ず勝つ。タケシ君を助け出して戻ってくるわ!」 未だ心配顔のバルにそう告げ、外に出るひかる。変身コンパクトを掲げ― 「アンドロ仮面! ローッ!」 正義のヒロイン、アンドロ仮面へ変身! 岩場へ向かい飛びたった! 「…姫、どうか御無事で……」 一直線に飛んでいくアンドロ仮面を見送りながら、祈るように呟くバル。その胸では言いようのない不安が渦巻いていた…。 「クモンデス! 言われたとおり1人で来たわ! タケシ君はどこ!」 岩場に降り立つと同時に、周囲を見回しながら叫ぶアンドロ仮面。すると崖上から― 「フハハハッ! よく来たなアンドロ仮面!」 高笑いと共にクモンデスが姿を現した。だが、タケシの姿はない。 「クモンデス! タケシ君はどこにいるの!」 「フフフ、そう慌てるな。俺のもてなしを受けてもらうぞ。いけ! ナムダー!」 いつもと違う余裕綽々なクモンデスの声と共に、アンドロ仮面の周囲に現れる十数体のナムダー。ナームーと奇怪な声を上げ、アンドロ仮面に襲いかかる! 「くっ、ローッ!」 しかし、ナムダーなど何体いてもアンドロ仮面の敵ではない。凛々しい声を上げながらパンチやキックを繰り出し、次々とナムダーを叩き伏せていく。 「クモンデス! この程度でアンドロ仮面を倒せると思ってか!」 全てのナムダーを倒し、アンドロ仮面は崖上のクモンデスに啖呵を切る。 「なかなかやるな! だが、本番はこれからだ!」 しかし、クモンデスの余裕も揺るがない。更にナムダーを召喚し、アンドロ仮面に差し向ける! 「数に頼っても無駄なことよ! ローッ!」 先程同様、向かって来るナムダーをアンドロ仮面が打ち倒す光景が繰り返される。瞬く間に出来上がる倒されたナムダーの山。 「同じ事を何度繰り返すつもり! 潔く降参して、タケシ君を返しなさい!」 余裕を崩さないクモンデス。その狙いが解らず、苛立ちを隠せないアンドロ仮面。すると― 「フフフッ、そんなにタケシが返してほしいか。なら返してやる!」 クモンデスは妖術を使い、タケシを出現させた。ただし、高度100mの高さに。 「タケシ君! クモンデス、何を!」 「こうするのさ!」 次の瞬間、妖術が解除され、地上へ向けて真っ逆さまに落下するタケシ! 「くっ! ローッ!」 弾かれるようにアンドロ仮面も空中へ飛び上がり、空中でタケシをキャッチ! 「タケシ君、もう大丈夫よ」 抱き抱えたタケシに笑顔を見せ、そのままゆっくりと地上へ降下していく。だが! 「ナームー!」 次の瞬間、声と共にタケシはナムダーへと変化! アンドロ仮面に抱きついた! 「えっ! きゃぁぁぁぁぁっ!」 突然の事に対応出来ず、バランスを崩して30m程の高さから落下するアンドロ仮面。ナムダー諸共、背中から地面に叩きつけられる! 「うぐっ!」 強烈な痛みと衝撃に息を詰まらせるアンドロ仮面。更に抱きついたナムダーが石のように変化し、彼女を拘束する! 「馬鹿め! まんまと引っかかりおって!」 「くっ、卑怯な!」 自らを嘲るようなクモンデスの声に歯噛みしながら、両目を光らせてムーンライトパワーを使うアンドロ仮面。瞬く間に石化したナムダーは破壊され、 アンドロ仮面は自由を取り戻す。 「ほほぅ、流石はムーンライトパワー。だが、勝つのはこの俺だ! 」 「お前のような卑怯者に、このアンドロ仮面が負けるものか! ローッ!」 次の瞬間、大地を蹴って崖上に跳び上がるアンドロ仮面。そのままクモンデスにパンチを放つが― 「おっと、危ない危ない」 まるでからかう様な動きでクモンデスはパンチを回避。同時に新たな下僕を召喚する。 「なっ…」 召喚された下僕を見た途端、アンドロ仮面の動きが止まる。 「どうだ、お前にこいつらは攻撃できまい!」 アンドロ仮面の反応に、予想通りとほくそ笑むクモンデス。それもその筈、召喚された10体の下僕は、全員タケシと瓜二つなのだ。 「さぁ、アンドロ仮面を倒せ!」 クモンデスの命令に従い、剣を手にした10人のタケシは、一斉にアンドロ仮面へ襲いかかる! 「くっ…」 1番近くにいたタケシが振り回す剣を受け止め、ムーンライトパワーを使うアンドロ仮面。 「ナームー…」 すぐさま唸り声と共にナムダーへと変わるタケシ。 「やはり! ローッ!」 正体を現したナムダーをキックの一撃で吹き飛ばし、残りのタケシにもムーンライトパワーを使っていく。次々と元の姿に戻っていき、アンドロ仮面に 倒されていくナムダー。 「タケシ君の姿を使うとは、クモンデス! どこまでも卑怯な!」 「フハハハッ! 戦いに卑怯もラッキョウもない!」 アンドロ仮面の怒りの声を平然と受け流し、再びタケシを呼び出すクモンデス。 「またナムダーの変身……いや、違う!」 「その通り、今度は本物のタケシだ。さぁ、タケシよ! アンドロ仮面を倒すのだ!」 「はい! クモンデス様!」 洗脳されたタケシはクモンデスの声にそう答えると、剣を振り上げ、アンドロ仮面に向かって行く! 「タケシ君! やめるのよ!」 タケシの振り下ろした剣を受け止め、説得を試みるアンドロ仮面。 「アンドロ仮面! 倒す!」 だが、タケシにその声は届かない。洗脳によって完全に正気を失っているのだ。止むを得ず、ムーンライトパワーでタケシを正気に戻すアンドロ仮面。 「えっ…あっ! アンドロ仮面!」 「タケシ君、もう大丈夫よ。ローッ!」 クモンデスと距離を取り、タケシを岩場から逃がすと、アンドロ仮面は再びクモンデスと向き合う。 「クモンデス! 覚悟!」 「フハハハッ! 威勢が良いのは結構だが、お前に戦う力は残っているかな?」 「何ですって!」 「馬鹿め! 何度もお前に負け続けた俺が、何の学習もしていないと思ったか! ご自慢のムーンライトパワー、あとどれだけ使える?」 クモンデスの言葉にハッとなり、指輪に目をやるアンドロ仮面。 「しまった…もう、パワーの残りが…」 パワーの補充が出来ず、ただでさえ残量が心許なかったムーンライトパワー。戦いで使用した為に、その残量はホンの僅かになっていた。 「ナムダーを大量に差し向けたのも、お前にムーンライトパワーを使わせて消耗させるためだ!」 勝ち誇るクモンデスが右手を掲げると、出現する2台の乗用車。その運転席にはナムダーの姿が。 「行け!」 アクセル全開。全速力で走り出す自動車。途中で1台は進路を変え、アンドロ仮面を挟み撃ちにする! 「くっ…ローッ!」 咄嗟に空高くジャンプし、自動車を避けるアンドロ仮面。だが、もはやムーンライトパワーに頼る事は出来そうにない。 「はぁ、はぁ、はぁ…」 疲労から肩で息をするアンドロ仮面。対するクモンデスは余裕に満ちている。 「フフフッ、ムーンライトパワーのないアンドロ仮面など、ただの小娘! 恐れるに足りん!」 勝利を確信した声と共に、十数体のナムダーが召喚され、アンドロ仮面を取り囲む。直後、一斉攻撃が始まった。 「た、例えムーンライトパワーが使えなくても!」 疲労困憊な体に鞭打って、応戦するアンドロ仮面。 「ローッ!」 正面から放たれる攻撃を避け、手刀を叩き込む。更に右側から放たれた拳を掴んで、投げ飛ばす。 「ローッ!」 続けてハイキックを放つが、これはギリギリで避けられる。 「ナームー!」 その隙を突き、羽交い絞めにしてきたナムダーに肘を叩き込んで引き剥がす。だが、同時に放たれたナムダーの蹴りを左足に受けてしまう。 「うぐっ!」 体勢が崩れ、背後から伸びてきた手に首を絞められる。 「くぅっ…」 首にかけられた手を外そうとするも、それによって無防備になった腹に拳が放たれる。1発、2発、3発。強烈な痛みと衝撃。胃液が逆流し、 腰が崩れ落ちそうになる。 何とか堪えたのも束の間、今度は顔面に拳が飛ぶ。左右の頬を連続で殴られ、更に背中に蹴りを入れられる。 「あぁっ!」 無様に地面を転がるアンドロ仮面。足に力を込め、何とか立ち上がるも― 「隙あり! カァァァッ!」 待っていたと言わんばかりにクモンデスから放たれた蜘蛛の糸が、真上から降り注ぐ。 「きゃぁぁぁっ!」 全身に蜘蛛の糸が絡みつき、動きを封じられてしまうアンドロ仮面。 「フハハハッ! これまでのようだな。アンドロ仮面!」 高笑いと共に、何とか蜘蛛の糸から逃れようともがくアンドロ仮面の右足を踏みにじるクモンデス。 「あぁっ! ク、クモンデス、その足を退けなさい…」 「馬鹿め! 誰が退けるか!」 アンドロ仮面の声を一蹴し、何度も右足を踏みつけるクモンデス。生き残ったナムダー達もアンドロ仮面を取り囲み、全身を足蹴にする! 「あぁっ! や、やめなさい! げほっ!」 蜘蛛の糸で動きを封じられ、防御も出来ないまま何発もの蹴りを受けるアンドロ仮面。やがて、その声が小さくなり、グッタリと動かなくなってしまう。 「フハハハハッ! 勝った! 俺はアンドロ仮面に勝ったぞ!」 気絶したアンドロ仮面の顔を踏みにじりながら、勝ち誇るクモンデス。だが、彼の復讐はまだ始まったばかりだ。 「お前への恨み、この位で晴れはしないぞ。ここからは場所を変えて行うとしよう」 そう言うとアンドロ仮面を担ぎ、どこかへワープするクモンデス。岩場は再び無人となり、冷たい風が吹き抜けた。 ワープした先。それは月ひかるの働く東西学園小学校だった。校門から敷地へ入り、我が物顔で体育館に進んでいくクモンデス。 「よぉし、ここにするか」 無人の体育館に侵入したクモンデスは、パイプ椅子や長机などを妖力で組み合わせ、即席の十字架を作成。アンドロ仮面を磔にしてしまう。 「う、うぅ…ここは…」 ここで意識を取り戻すアンドロ仮面。一瞬呆けた顔を見せたもののすぐ我に返り、クモンデスを睨みつける。 「クモンデス! 何をする気!」 「知れた事。貴様を辱めるのさ」 ニヤニヤ笑いながら、アンドロ仮面の右足を掴み、青いブーツを脱がし始めるクモンデス。ムーンライトパワーが尽きかけているせいか、簡単に 脱げていくブーツ。 「い、いや! やめ、やめてぇ!」 「やめてだと? フフフッ、上級平和監視員様も所詮は女だな」 アンドロ仮面の悲鳴に下卑た笑みを浮かべながら、ブーツを脱がしてしまうクモンデス。露になったひかるの右足を長い舌で一舐めし、今度は スカートに手をかけ、一気に引き裂く! 「いやぁぁぁっ! やめてぇ!」 青いアンダースコートが丸見えになり、一際大きな悲鳴をあげるアンドロ仮面。だが、それはクモンデスを喜ばせるBGMにしかならない。 「クククッ、お前の無様な姿をガキどもに見せつけてやる。アンドロ仮面の評判もガタ落ちだな」 そう言いながら、腰に巻かれた黄金のベルトを外し、アンドロ仮面に見せつけながら、真っ二つに引き裂いて床に投げ捨てる。 「な、なんという事を…」 上級平和監視員である自分のコスチュームが破壊されていく。言葉では言い表せない程の屈辱に震えるアンドロ仮面。だが、今の彼女には クモンデスの暴虐を止める事も、逃げる事もできない。 「さぁ、今度はここだ!」 声と共にクモンデスは、アンドロ仮面の胸に手をやり、力任せに引っ張っていく。これまで幾多の攻撃からひかるを守ってきたコスチュームが、 音をたてて破れ、ひかるの生身の胸が晒される。 「きゃぁぁぁぁぁっ!」 「さぁ、最後だ。この気取った仮面を剥ぎ取ってやる!」 これまでで最大級の悲鳴を聞きながら、仮面に手をやるクモンデス。 「い、いや! やめて! これだけは取らないで! お願いよ!」 上級平和監視員という立場も忘れ、クモンデスに懇願するアンドロ仮面。 「フハハハッ! アンドロ仮面が俺に懇願するとは! こんな愉快な事が他にあるか!」 アンドロ仮面からの懇願に、腹を抱えて笑うクモンデス。ひとしきり笑ったところで再度仮面に手をやり― 「だが、お断りだ!」 力任せに仮面を剥ぎ取った! 「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」 仮面を剥ぎ取られ、悲鳴をあげながら顔を背けるひかるを見ながら、仮面を床に落とし、一気に踏み潰すクモンデス。 「ククク、アンドロ仮面。いや、月ひかる。夜明けまで己の愚かさをたっぷり後悔するんだな。そして、ガキどもの晒し者となるがいい」 そう言い残し、体育館を後にするクモンデス。彼の脳裏には翌朝晒し者となった月ひかるの無様な姿がハッキリと映し出されていた。 しかし、彼の思惑は思わぬ形で頓挫する事となる。 「………」 無様な姿で磔にされ、涙を流すひかる。このままではあと数時間で夜が明け、子ども達に自分の無様な姿を見られてしまう。 「………あ…」 絶望に支配されかかったその時、ふと顔を上げて見る。そこには― 「月…明かり…」 僅かに開いたカーテン。その隙間から注がれる月明かり。わずかに天候が回復し、雲の隙間から月が見え始めたのだ。 「こ、これなら…」 磔にされた己の体を必死に動かし、左手の指輪を月明かりにかざす。すぐさま補充されていくムーンライトパワー。 「た、助かったわ…」 ある程度補充できた所でムーンライトパワーを使うひかる。十字架を消し去り、破壊されたコスチュームを修復していく。 「クモンデス…今回は私の負けだわ…でも、正義は決して悪には屈しない!」 自分に言い聞かせるように呟き、体育館を後にするアンドロ仮面。 これが、後に自身を襲う悲劇の序章である事を、まだ彼女は知らない…。 後編に続く |