それは至極かんたんな任務のはずだった。公金を横領した疑いのある地方公務員の護送。 当の被疑者はというと、見るからにデスクワーク一筋といった感じの優男風で囚人服も どこか似合っていない。 横領されたという金の行方は分かっていない。それをこれからしかるべき機関に護送して 聞き出そうとのことだった。 護送を担当するのは宇宙警察地球署の刑事、胡堂小梅(通称ウメコ)だった。 ウメコという通称や普通の女の子にしかみえない外見とは裏腹に、これまで銀河の未来を 脅かす恐怖のテロリストや未曾有の破壊力を秘めた犯罪組織などと幾度にも渡って対峙した 百戦練磨の女性刑事である。だからなのか、ウメコは逆に身近に潜む狂気というものに 麻痺していたのかもしれない。 そうなのだ。被疑者にとっては大人しく法の裁きを受けるよりも、脱走した後に 隠しておいた大金で残りの人生を悠然と暮らした方がいいに決まっているのである。 彼はあらかじめ歯に仕込んであったカプセルを噛み砕くや、無防備に背中を晒していた ウメコに襲い掛かった。 カプセルの中身は元々兵士の筋力を爆発的に向上させるために軍用に開発された 麻薬物質であった。 尋常ではない殺気を察するウメコだったが、身構えることも、ましてや戦闘用スーツを 装着する暇もなかった。被疑者は手にしたロープを、振り返ることすらできなかった ウメコの細い首に巻きつけるや恐ろしい力で一気に気道と頚動脈を締め付けた。 「・・・・・・っ!?」 あまりの衝撃でウメコの全身から力が抜け落ちる。 しかし、そのまま人間離れした怪力で瞬時に絞め落とされた方が彼女にとっては 運がよかったのかもしれない。 薬の効力はたちまち失効し、ウメコの首を扼するのは事務屋の細腕のものとなる。 文字通り真綿で首を絞められる状態となったそれは、永い生き地獄の始まりともいえた。 「うげぇ・・・ぁ・・・」 ひしゃげた声を漏らし、弱々しく喉を掻きむしり、緩慢な動きで身悶えするウメコ。 目の焦点が徐々に定まらなくなっていく。 舌を突き出し必死に酸素を求めようとするが叶わない。 全身から汗が噴き出し、涙が止め処なく溢れ出し、涎がだらしなく口元を伝う。 身体が小刻みに痙攣を起こし始め、意識が混濁し朦朧となる。 「・・・ひっ・・・っ・・・っ・・・」 瞳孔が開き始める。 確実に迫る最期の刻。 (こんなところで・・・・・・。何か・・・、何か手があるはず・・・。) 満足に動かせない体で、それでも形勢逆転を狙う女性刑事の生への執念。 しかし犯罪者の殺意がそれを上回った。無我夢中の被疑者はロープを引張る力を 決して緩めることはなかった。そして・・・。 ビクン!という大きな痙攣のあと、ウメコの全身から一切の生気が抜け落ちた。 完全なる死。 そして無念の表情を浮かべる『数分前までウメコだった』肉塊を残して、被疑者 は悠然とその場から去っていったのであった。 |