戦友と共に act.04(Ver.K) Written by tsutinoko

「はあ……はあ……はあ……」

 荒い呼吸を繰り返し、真紅の装甲に覆われた肩を揺らすソルジャンヌ。
 その視線の先にはソルブレイバーが立っていた。ソルブレイバーはソルジャンヌと
向き合って仁王立ちに立っていた。
 その手にはケルベロス―△。そしてその頂点を彼女に向けていた。

「はあ……はあ……くっ!」

 ソルジャンヌがコンクリートの床を蹴って右に飛ぶ。そのタイミングと同時、
ケルベロス―△がエネルギー弾を発射。ソルジャンヌが立っていた場所を的確に
通過して背後のコンクリート壁に着弾させた。
 砕けたコンクリート片が飛び散り、床を回転しながら避けたソルジャンヌのソ
リッドスーツにいくつか浴びせられる。

「はあ……はあ……はあ……」

 着弾したコンクリート壁が大きく砕かれ、ぶすぶすと煙を上げている。
 ソルジャンヌは肩の装甲越しにちらりとそれを見て再びソルブレイバーを
見ながら立ち上がった。

「はあ……はあ……んくっ……はあ……はあ……」

 バイザーの下で彼女の呼吸が荒くなる。
 密閉されたソリッドスーツの内部は汗に塗れ、顔と口元は汗と僅かに零した涙、
そして、装甲がない腹部へ受けた膝蹴りで吐き出された胃液に塗れ、装着者で
ある玲子の顔にべっとりとついていた。

(耐えるだけ……みんなが来るまで……でも……)

 そんな中でもソルジャンヌは仲間が来る事を信じていた。信じているからこそ
この目の前のソルブレイバーの攻撃を回避し続けているのだ。 
 しかし。彼女の左手が現実を確かめようとするように右の肩から二の腕を覆う
装甲を撫でた。
 丸みを帯び、滑らかであるはずの真紅の装甲はグローブ越しにもわかる程の陥没や
ひび割れが走り、破損していた。
 それだけではない。
 ソルジャンヌのバイザーに浮かぶ警告。
 右肩の装甲だけではなく、胸部、背部の装甲の破損、排熱機構やクラリフィケーターの
損傷、機能停止と言ったソリッドスーツの破壊状況が現れていた。
 今まで経験した事のないソリッドスーツの破壊。
 玲子は動揺を覚えつつも仲間が来る事を信じ続け、目の前のソルブレイバーに
対峙していた。

「無駄だと言うのに……」

 ソルブレイバーの後ろには憎むべき犯罪者の高岡が立ち、くくっと笑いながら
哀れむような溜息をついた。
 このソルブレイバーは彼の作り出したコピーだった。しかも、全くのコピーで
はなく、性能を上げ攻撃力と防御力を強化した破壊兵器だった。
 ソルジャンヌのソリッドスーツは簡易タイプでソルブレイバーよりも性能に劣る。
それなのに性能を強化したソルブレイバーと対峙すると――。
 状況はただ絶望的。余りにも差は歴然。

「無駄でも……ソルブレインはあなた達には負けない! 絶対に逮捕する!」

 ソルジャンヌが叫んだ瞬間、ソルブレイバーの手が僅かに動いた。

「くっ!」

 ケルベロス―△が発射される。
 瞬間的に判断したソルジャンヌが床を蹴って左へ飛ぼうとした。

「あっ!」

 その瞬間、右足が細かく砕かれて床に散らばるコンクリート片を噛んだ。ずるっと
その足が滑り、彼女の体は飛ばずにその場でバランスを崩すだけになった。
 しまった、と思う間もなかった。

「――ああああああっ!」

 耳をつんざくような爆音に続いて誘爆の爆音が飛んだ。その音が消えると連続
するようにソルジャンヌの悲鳴が響く。
 ソルジャンヌの右肩。腕の装甲と胸の装甲の間。黒いエナメル状のライトスーツに
ケルベロス―△から発射されたエネルギー弾が直撃、一気に炸裂した。
 瞬間的にソルジャンヌを襲う衝撃、熱、爆音、爆風。痛いも何も感じる間もなかった。
 発射したソルブレイバーやその後ろの高岡の足元に砕かれた赤いソリッドスーツの
破片や黒いエナメルのスーツ、千切れたコード等無数のソルジャンヌの破片が
飛び散る。

「お」

 飛び散る破片と共にどさっと大きくまとまった塊が高岡の足元に転がった。
 笑いを堪えたような表情で高岡がそれを拾い上げた。

「ぎゃああああっ! うあああああっ! う、腕っ! 私のっ! 私の腕えええ
えええっ!」

 煙と化学物質臭にかき消される景色からはソルジャンヌの人間のそれとは思えぬ
悲鳴が聞こえてくる。
 それを鳥のさえずりか福音かのような物に聞きながら高岡は拾った物をかざした。

「これか? ソルジャンヌ」

 高岡が持っている物。
 それは白いグローブを嵌め、赤い肘から下の装甲を装着し、エナメル状のライトスーツに
覆われ、二の腕のストッパーの辺りしか残っていない装甲を装着したソルジャンヌの右腕だった。
 肩の先から引きちぎられた右腕。その切断面からは無数のコードが飛び出てぼたぼたと
赤い鮮血が流れ出て高岡の足元を赤く染めていた。

「いああああっ! 腕がっ! 腕がないっ! 腕がっ! 私の腕ええええ!」

 煙が晴れてくる。
 うっすらとソルジャンヌが浮かんできた。
 ソルジャンヌは床の上でのたうち回っていた。右肩から先は吹き飛ばされて引き千切られ、
そこから千切れたコードや飛び出た骨と共に鮮血が吹き出ていた。
ソルジャンヌの鮮血は床を、ソリッドスーツを濡らしていく。
 さらに煙が晴れる。見えてきたソルジャンヌのダメージは右腕だけではなかった。
 胸部の装甲にもヒビや割れ目が入り、そこに収められている内部機構が僅かに
顔をのぞかせている。肩口の装甲は爆発の衝撃でめくれ上がり、顔面の半分を占める
黒いバイザーの右側の三分の一程度が砕け散って玲子の顔が垣間見えていた。
 そこから見える玲子の顔は汗や吐き出した胃液や涙に塗れ、右目が血走り眉が
つり上がりパニックに陥っていた表情を見せていると一部しか見えない顔だが十
分にわかる物だった。

「弱い……弱すぎるな……ソルジャンヌ。よくそんなおもちゃのようなソリッド
スーツでこの私に立ち向かおうと……」

 高岡が溜息混じりに言う。しかし、その顔には不気味な笑みが浮かんでいた。
 高岡は持っている右腕をぽい、とソルジャンヌの足元に投げ捨てた。

「ひやああああ! 腕っ! 私の腕ええええ! いやあああああ!」

 引きちぎられた自分の腕にソルジャンヌのパニックはより一層増し、このまま
発狂しかねないと思うくらいに悲鳴を上げ続けていた。
 高岡はそんなソルジャンヌの見下ろしてちらりとソルブレイバーに視線を送った。
 ソルブレイバーはラジコンのコントローラーで操作されたようにそれを受信すると
鮮血を噴出してのたうち回るソルジャンヌに歩み寄った。

「腕……腕ええ……私の……助けて……助けてよお! みんなああ……!」

 半壊したバイザーから錯乱した瞳を見せながら自分の右腕を掴むソルジャンヌ。
歩み寄るソルブレイバーには全く気付いていない様子だった。
 ソルブレイバーは持っているケルベロス−△を操作して真っ直ぐな一本棒、
スラッシュモードに変形させた。
 そして、鮮血を噴出しながらのた打ち回るソルジャンヌのすぐそばに立つと軽く
彼女の腹を蹴ってごろんと転がし、仰向けにさせた。

「いっ……ぐふぁ!」

 仰向けになった瞬間、ソルジャンヌの胸を左足で踏みつけた。左胸の青い強化
プラスチックが薄氷を踏みつけたようにくしゃっと破片を飛び散らせ、女性的で
優美な曲線を描く胸のソリッドスーツがぐしゃっと踏み潰された。

「ぐぅ……やめ……苦し……」

 ソルジャンヌは逃れようと両足や左手、右肩を蠢かせるがどうにもならない。
グローブや足元のヒールがむなしくコンクリートを掻く音だけが響いた。
 ソルブレイバーはソルジャンヌを固定するようにソルジャンヌの胸に左足を置き続け、
ぐっと強く再び踏みしめた。

「ぐはっ!」

 シルバーの装甲がめくれ上がり、小爆発が起きた。
 その瞬間、ソリッドスーツのバイザーから全情報が消えた。
 右腕部消失、ソリッドスーツ致命的損傷、現状回復不能、直ちに退避せよ。
 そんな悲鳴のような絶望的情報ばかりが映し出されたバイザーが完全に沈黙して
しまった。
 ソルブレイバーは左足をソルジャンヌの胸に置いたまま、右足で彼女の左手首を
踏んだ。

「ああ……やめ……るの……」

 機能停止したソリッドスーツではソルブレイバーが軽く踏んだだけでもうどうにも
ならなくなる。
 がっちりと手首を固定されて指しか動かせないソルジャンヌ。ソルブレイバーは
スラッシュモードにしたケルベロス―△の先端を足元のソルジャンヌに向けた。

「もう……これ以上……何を……」

 割れたバイザーから覗く錯乱した目が不意に冷静な物に戻る。
 そんな変化を気にすることなくソルブレイバーはスラッシュモードにしたケルベロス―△の
先端を固定したソルジャンヌの左腕にとん、と置いた。
 置かれた場所は肘の関節部分。黒のエナメルのライトスーツがむき出しになっている
部分だった。

「も……もう……私は……」

 ソルジャンヌの呼びかけにも全くの無反応。ソルブレイバーはケルベロス―△の
ボタンを触れた。
 ケルベロス―△の先端にエネルギーが集中し始める。

「闘えな……い……」

 ソルジャンヌのヒールが再び激しくコンクリートを掻き出し、体を蠢かせた。
 ケルベロス―△のエネルギーが徐々にソルジャンヌのライトスーツに集中し、
じりじりと焼いていく。

「やめ…………や……めて……」

 ライトスーツが焼け焦げる不快な化学臭が割れたバイザーや破損して密閉が解けた
クラフィケーターから玲子の鼻を突き刺す。
 ソリッドスーツが焼かれ、今にも突き破られそう。ライトスーツ越しに熱が装着者である
玲子に伝わりその肌も一緒に焼かれてしまうようだった。
 そして、次の瞬間、

「ぎゃあ……うう……」

 ソルジャンヌの弱々しい悲鳴が響いた。
 ケルベロス―△は黒いエナメルのソリッドスーツを貫き、玲子の左腕の肘関節をも
貫き、そのままコンクリートの床まで突き刺された。
 ソルジャンヌの左腕は昆虫標本の虫のようにケルベロス―△に貫通されて固定
された。
 突き刺された肘からは鮮血が溢れる。

「ああ……やめ……助け……みんな……助けて……さ……寒い……寒いよぉ……」

 大量出血にソルジャンヌの体が震える。鮮血の海の中、大量に体液を流失させて
体温を奪われた上に彼女を守るソリッドスーツが完全に破壊された状況。
 そんな中で救援がない現実を前にすればいかにソルジャンヌとは言えただ震える
しかなかった。
 そんなソルジャンヌの声に高岡が白い歯を見せた。

「寒い、と。暖めてやれ」

 そう言うとソルブレイバーがソルジャンヌから足を下ろした。
 ソルジャンヌの胸部装甲はソルブレイバーの足型にひしゃげ、めくれ上がった
シルバーの装甲や割れた左胸のブルーのプラスチック部分から基盤やコードが顔
を出し、ぶすぶすと不快な化学臭を立てながらくすぶり、軽くスパーク起こしていた。
 そんなソルジャンヌにソルブレイバーは跨って立ち、すうっと中空から二連の
砲身を持つの銃を浮かび上がらせてその銃口をソルジャンヌに向けた。

「ボ……ス……ワインダー……あ……ああ……」

 ソルブレイバーの救助用具にで逃げ遅れた人々を救出する為のメカであるはずの
ボスワインダー。その活躍をそばでいつも見ているソルジャンヌにとってボスワインダーの
砲身は武器のそれには見えず、むしろ温かみのある相棒に見えていた。
 しかし、今彼女に向けられているそれにその温かみはなく、殺人兵器としての
冷たさしかない。
 ソルジャンヌは弱く首を横に振って彼女にできる抵抗を見せた。
 その次の瞬間、ボスワインダーの二連の砲身が火を噴いた。

「………………」

 ボスワインダーから高速炸裂弾が至近距離で発射され、ソルジャンヌに雨あら
れと降り注ぐ。
 高速炸裂弾が炸裂し、連続した爆発音が続くとその威力に彼女は暴風の中に解き
放たれた枯葉のように翻弄され、ソリッドスーツ赤やシルバー、エナメルの黒の
破片が当たりに飛び散った。
 彼女の悲鳴は完全に爆発音にかき消されている。いや、最早悲鳴を上げるだけの
力も残っていない。
 まるで転がっているボロいマネキンを壊しているかのような状態だった。

「もうゲームセットか」

 高岡が笑いながらに言う。ソルブレイバーはボスワインダーの引き金から指を
外した。

「…………」

 その足元には。原型を留めていないソリッドスーツを装着したソルジャンヌが
仰向けに転がっていた。
 右腕は肩から先がなく、左腕はボスワインダーの攻撃でケルベロス―△が貫い
た肘から先から千切れている。
 左上腕の装甲、胸部装甲、腰のベルトは砕かれその一部を残すのみ。胸部装甲に
守られた基盤や精密な機構がむき出しとなり、それがすべて焼け焦げ黒煙と化学物質臭を
あげていた。
 装甲のない腹部や下腹部、脚部は高温で溶かされたような穴がいくつも開き、
黒くこげたコードや人口筋肉が露出し、焼け爛れた玲子自身の肌も見えた。
 そして。
 ソルジャンヌのマスク。頭部を覆う赤い装甲には無数のヒビと割れが走り、そ
こからコードが飛び出ている。顔面の半分を占めるバイザーは四分の三ほど砕か
れ、口元を覆うクラフィケーターも引きちぎられたように欠損。攻撃の衝撃と破
壊で露になった玲子の顔面には大きな裂傷が入ってその顔を血で染めていた。
 ソルジャンヌとしての原型を留めている部分は膝下の装甲と赤とシルバーに色
分けされたシューズのみ。
 ソルジャンヌは完全に破壊されつくされ、その最期を迎えていた。

「…………」

 声も上がらず、動きもぴくぴくっと僅かに痙攣するような震えしかない。
 そんなソルジャンヌに高岡は退屈そうにあくびを一つした。

「遊びはこれくらいにしよう」

 そう言うとソルブレイバーがボスワインダーを操作して設定を変えさせ、再び
銃口をソルジャンヌに向けた。

「…………」

 ソルジャンヌは首を横に振ったりせず、壊れたマネキンのようにソルブレイバ
ーに向いていた。
 引き金を引く。高速炸裂弾、ではなくジェル状の液体が噴出し、ソルジャンヌの
全身に浴びせられた。

「ソルジャンヌ……か」

 高岡がふっと笑う。
 全身にジェルを浴びせられて不気味に粘着質に輝くソルジャンヌを見下ろして
もう一つ笑った。

「それは高性能液体燃料だ……ジャンヌの名を冠する貴様には火あぶりが最適だ
ろう」
「…………」

 ソルジャンヌは液体燃料に塗れた顔をほんの少しだけぴくりと動かした。しかし、
それだけで他に何もできなかった。
 意識があるのかないのか。表情も全く変わらずボロをまとったマネキンのように
ただ仰向けに倒れたままだった。
 高岡はちらっとソルブレイバーを見た。

「やれ。さっさと切り上げてソルブレインを全滅させにいくぞ」

 高岡が言った瞬間、ソルブレイバーが引き金を引いた。
 瞬間的に猛火が沸き起こる。
 その中でソルブレイバーはくるっと背を向け、高岡と共に部屋を後にした。
 全てを飲み込む猛火の中、ソルジャンヌ、いや、樋口玲子を焼き尽くしていく。

 み……ん…………な……

 肌を、髪を、ソリッドスーツの残骸を、全て焼き尽くす紅蓮の炎の中でソルジャンヌ、
樋口玲子の口元が僅かに動いた。
 そんなソルジャンヌを炎に照らされて輝く千切れた右腕だけが静かに見ていた。





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