第1話「出会い・涼とモイラ」

シーン1


「くくくくく…いぃ〜いザマだなぁ、モイラちゃ〜ん」

「くっ…ヴァルゲ…貴様ぁっ…!!」

全宇宙規模で繰り広げられている”正”と”負”の精神生命体の使徒同士の戦いに、
この地球もまた無関係ではいられなかった。

地球を破壊しようとする”負”…”エフェルセス”の使徒は、それを阻止し地球を
守ろうとする”正”…”エフレイル”の使徒のなかでも屈指の実力を持つ戦士・
モイラに苦戦を強いられていた。
そこで彼らの首領格であるヴァルゲは一計を案じる。

「お前の仲間を捕らえた。無事に帰して欲しくば指定の場所へ来い」

ありがちの罠だ…こんなものでボクを倒せると思ったら大間違いさ。
モイラはそう思った。
彼女は自分の強さに絶対の自信を持っていた。
どんな罠だろうと切り抜けられるはずだと信じていた。
こいつら程度の相手に、このボクが負けるはずがない。

いつしか、彼女の自身は過信となっていた。
それが、今の結果を生んだのだった。

「どうして、どうしてなんだ…っ!キミは”エフレイル”の使徒じゃないのか!?」



指定の場所にモイラが現れたとき、目の前には緑に輝く体を持つ巨体…彼女と同じ
エフレイルの使徒が岩に宿りその肉体としたエフェルセスの使徒に捕らわれて
いるところに遭遇する。が、彼女はその力であっさりと敵を葬り去ってしまう。

あまりの手ごたえのなさに拍子抜けしながらも倒れている仲間を救出しようとした
モイラだったが、その仲間に突然睨まれたかと思うと、次の瞬間自分の体が
全く動かないことに気づく。
エフレイルの使徒はそれぞれ何らかの特殊能力を持っているが、どうやら目の前の
女戦士の能力は相手の動きを封じるものらしい。
それはわかるが、何故仲間のはずの者が、自分にこんなことをするのか、全く
わからなかった。

「く、な、何でっ…ああっ!?」
訳を問いただそうと必死でもがいたモイラだったが、突然両の腕を何者かに
押さえつけられる。いや、噛み付かれる。
ただでさえ動けないのに、これで完全に身動きを封じられてしまった。

「くくくっ…いくら強えぇっていっても、やっぱ所詮はガキだねぇ」
その声の主は、いつの間にか緑色の戦士の肩に乗っていた。サイズは地球人と同じ。
「…ヴァルゲ!!」
「モイラちゃんなら来てくれると思ってたぜぇ…罠なんて自分の力で
破って見せる、ってなぁ…くくくっ。」

「ヴァルゲ!!彼女に何をした!!」
「おいおい、忘れちまったのかい、俺らの能力をよ」
「…!?ま、まさか…っ!?」
モイラは思い出した。精神生命体である彼らの能力は「物質に宿りそれを自らの
肉体とすること」だということを。
だが基本的に彼らが肉体とできるのは、意識を持っていない非生物であって、
生物、ましてや強大な力を持ったエフレイルの使徒の肉体を乗っ取るなんて、
そんなこと全く予想だにしていなかった。

「やっと気づいたかい?この俺の体だってもとはお前のお仲間だぜ」
「う、ウソだ…そんな、ことがっ…」
ここ最近、エフレイルの使徒が連れ去られるという事件が数多く起こっているという
話は聞いていた。ではまさか…かれらは全て…?
「ああ、そうだよ。このところ宇宙中で随分と”負”の意識が高まってやがるからさ。
お前らを乗っ取ることが出来るくらい強力な力を持つ連中も増えてきたってわけさ」
「じゃあ、じゃあ…まさか、姉さんもっ…!!」
「くくくくっ…」
相手の質問にいたく満足したらしく、その笑いはいっそう下卑た響きを帯びる。
「当然だろ、あれだけの戦士だからな。もっとも、あれほどの力だ、俺でもあいつを乗っ取るのは
無理だった、だから、モイラちゃんを人質にしたってわけさ」
「なっ…!!」
「お前が人質だったから…俺があいつの精神を停止させることも難なく出来たってわけさ。
あいつは抵抗できないからな。そうなれば、乗っ取るのはたやすい。くくくくっ」
「そんな…そんな…!!」
「大好きなおねーちゃんが、お前のせいで敵の手先になっちまったってぇことが理解できたかな?
理解できたなら、絶望の中で死んでいけや、モイラちゃんよ」
モイラの姉はモイラを人質にすることで手に入れられたが、モイラの場合はその手は使えない。
これだけの力を持つ肉体は惜しいが、手に入れられないならば殺すしかない。
ヴァルゲは緑の女戦士の肩から飛び降りた。地面に着地した瞬間、彼の体は光り出す。
「あっ…!!」
光が収まったとき、ヴァルゲの身長は巨大なモイラより頭一つ高くなっていた。
「俺のはかなりキクからな…すぐにイッちまえるぜぇ…」
ヴァルゲの背中から緑色の無数の棘が生えてくる。その先端は鋭く尖っており、全て
身動きの取れないモイラに向けられていた。
「くっ…そぉおおおっ!!」
「じゃ、な。モイラちゃん」

そして…





無数の触手がモイラのしなやかな、鍛え抜かれた肉体を紙のように貫いた。
大量の青い血があたり一面に飛び散った。

 
「あ…ああっ…」




モイラは倒れた。血がどんどん失われていくのがわかる。寒い。
動けない。あたりが暗くなっていく。
下卑た高笑いも、遠くなっていく。







いやだ…こんなところで…ボクは…

ボクは、死ねない…死ぬわけには、いかないん、だ…っ


姉さん…ボクのせいで…

だからボクは、姉さんを…

この手で、取り戻さなくちゃ、いけ…ない…

まだ…死にたく…ない…よ…


姉さ…ん…






光の消えたモイラの瞳から、涙が伝い落ちた。



<続く>



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