天使学園のある街の郊外、隣接する都市へと続く幹線道路は地獄絵図に変わっていた。
死屍累々の惨状の中、断続的に続く悲鳴にも似た怒号と銃声。
やがてそれらもぱったりと聞こえなくなった。
後に残ったのは米軍が誇る強襲偵察海兵1個小隊と最精鋭SEALS第6チームの無残な死体であった。

「もう終わり?まったく肩透かしもいいところじゃない」
米軍精鋭部隊を完膚なきまでに叩き潰し悠然と立つのはディアボロスの幹部・デヴィルの一人、
ベリアルであった。
近年多発するディアボロスの破壊工作に業を煮やした米軍による索敵撃滅作戦を逆に返り討ちに
したのである。

そして自分の背後に近付く天使たちの気配を察知してゆっくりと振り向き言った。

「遅かったじゃない。丁度よかったわ。遊び相手がいなくなって困ってたのよ」
「き、貴様・・・」
目の前にひろがる光景に声を震わせ檄昂するルシフェル。
無理もなかった。
彼女は元米軍兵士で、しかもディアボロスに、いや、もっと正確に言えば目の前にいるベリアルに
恋人だった同僚を惨殺された過去があったのだ。

(アンジェラ先生!落ち着いて下さい!野々原先生たちがまだ来てないんですよ!)
すかさず暁子が天使の力の一つであるテレパシーを使ってアンジェラを諌める。
(野々原先生たちは教頭先生の手伝いで社会見学の準備に駆り出されてるわ。いい?
ここは私たちだけで何とかするしかないの。相手はディアボロス一の怪力・べリアルよ。
攻撃をまともに喰らったらやばいわ。挟み撃ちで一気に叩くわよ!)

暁子はほっとした。
アンジェラは確かに怒りに打ち震えていたが、怒りにまかせて我を失っているわけではなかった。
戦況の分析は正確だ。
猪突猛進型の彼女も、教え子であり名フォロワーでもある暁子が一緒だということで、
ある程度の責任感や自制心を保っていたのかもしれない。
速攻を仕掛けようとする姿勢は相変わらずだったが、敵がこれまでの戦闘の間に罠などを張る
余裕が無かったであろうことを考慮すれば、ここで一気に畳み掛けるのも良策と言えた。
暁子とアンジェラは互いに目配せを交わすと武器を構え、戦闘態勢へと移行する。

「ちょ〜っと待ちなさいよ。今日の相手は私じゃないわよ」
「!?」ベリアルの意外な言葉に戸惑い、出鼻をくじかれる暁子とアンジェラ。
「いつものようにアナタたちをボロ雑巾のようにしてやってもいいんだけど・・・、
 いつもいつも力でねじ伏せるのも芸が無いからね。今日は特別にアナタたちを悦ばせてあげるわ」
「・・・・・・?、いつも私たちに負けて逃げ帰っているのはあなたたちの方でしょう?」
暁子に痛いところを突かれながらもベリアルは不敵な笑いを崩さなかった。
「・・・いつまで減らず口がたたけるかしらね。出番よ!ベルフェゴーール!」
ベリアルの叫びに呼応して、妖しく輝く一閃が大空を切り裂き地上に舞い落ちる。
「ボンジュール・・・。今日はワタクシ、ベルフェゴールが貴女たちのお相手を致します」
ベルフェゴールの自己紹介と宣戦布告を聞き終わるか聞き終わらぬかのうちに、
アンジェラは脇目もふらずにベリアルの懐に飛び込んでいった。

「あ!?」
ベリアルが間の抜けた声を漏らしたその瞬間、アンジェラ渾身の斬撃はベリアルの目前にまで
迫っていた。間に合わない。ベリアルは痛感した。
いざ戦いとなった時、無策に、無謀に、そして無思慮に、猛牛のように突っ込んでくる猪武者が
場合によっては無敵であるということを。


ザジュウ!!

アンジェラの振り下ろした太刀が直撃し、その場に崩れ落ちるベリアル。
地面に突っ伏したままピクリとも動かない。
しかし悪魔の中でも特に上級悪魔の部類に位置するベリアルである。
いくらまともに攻撃を喰らったとはいえ、ただの一撃で絶命するほどヤワな相手ではない。
おそらく気絶しているだけである。
アンジェラもその事は百も承知とばかりに追い討ちをかける。

「てあああああー」
勇ましい掛け声とともに放たれたアンジェラの次撃は、しかし届かなかった。
「なっ!?か、体・・・が・・・?」
アンジェラの全身にみなぎっていた闘気が底の抜けた鍋から流れ落ちる汁のように失われていく。
代わりにアンジェラの体に押し寄せてくるのは何と骨の髄にまで侵食してくるような恍惚感だった。

「ひあ・・・ァ・・・」
悦に入った吐息を漏らしながら、へなへなと膝を突くアンジェラ。
その体にはいつの間にかミミズのようなワーム状の蟲が何匹かまとわりついていた。

(先生!?一体これは!?)

「貴女たちの相手はこのワタクシ、ベルフェゴールと言ったでしょう?」

「ベルフェゴール?あなたは一体・・・?」
「ベルフェゴールとはすなわち性戯を司る淫魔。その名を冠するワタクシの武器は触手です。
 触れる者は全て最高の享楽と官能を味わいます」

敵は何のためらいもなく自分の能力を説明し始めた。
手の内をさらしたところで問題は無いと確信しているのだろう。
事実、アンジェラは敵の淫らな魔手によって骨抜きにされて戦闘不能に陥っている。
だがいつ?そしてどうやってアンジェラは敵の触手に絡め取られてしまったのか。
確かに暁子はアンジェラの突撃を目で追ったが、それと同時にベルフェゴールが妙な動きを
しないか監視そして牽制していたはずだった。
しかし暁子の洞察力をもってしてもベルフェゴールの罠を見破るのが一足遅れてしまった。
仕掛け自体は簡単な罠だったのに。
ベルフェゴールとアンジェラとを結ぶ直線上の地面が微かに盛り上がっており、
最終的にアンジェラの足元にいくつかの穴が開いている。
ベルフェゴールの放った触手は地中を潜行しアンジェラに襲い掛かったのだ。
見た目がミミズならば、その動きもまたミミズということだった。
そして触手はそれぞれがベルフェゴールの手から離れて単独で動いている。
どうやら半独立自律型そして自動追尾式の魚雷のようなものなのだろう。
しかし触手よりも本当に恐ろしいのはそれを操るベルフェゴール本人だということを
暁子は考えていた。
敵は自分の主君が倒されようとしていた危急の時にも全く動じる事無く、
完全なるポーカーフェイスで策を講じ(ベルフェゴール自身は慌てる事無く、そして微動だに
しなかったことが暁子の判断を鈍らせたのだった)戦況を好転させたのである。
冷徹にして狡猾な敵。暁子は警戒を強める。

「くゥあ・・・・・・ンゥ・・・」
アンジェラは全身の性感帯という性感帯を触手に責められ、また触手そのものも恐ろしい魔力を
発散しているのであろう、身体をよじらせ嬌声を発している。

「フフフ、神に仕えるはずの戦士ともあろう天使が快楽に溺れ、あられもない姿を晒している
 なんて本当に惨めですねえ。
 いかに強靭な精神力を持っていたとしてもワタクシの性戯の前ではそんなもの何の役にも立たないということですねえ」

「くっ・・・。何て淫らな!」
「そんなこと言わずに、貴女も最高の快楽に溺れなさい!」
暁子直下の地面が割れ、触手の群れが暁子をを襲う。
しかし暁子は素早く反応し、跳び上がりざまに触手の群れをランスで薙ぎ払う。

「タネが分かったトリックは通用しません!」
暁子は何度も何度も執拗に襲い来る触手を、その度に上手く避けながら薙ぎ払っていく。
「ちょこまかとすばしっこい女め!」
攻撃をことごとくかわされ苛立ち始めたベルフェゴールは更に激しい波状攻撃をかけていく。
一方の暁子も懸命に攻撃を回避し続ける。

一進一退の激しい攻防。
しかし、暁子もただ逃げ回っているわけではなかった。
敵の波状攻撃を避けながら、少しずつ、そして着実にアンジェラに近付いていたのだ。
(あと少しで先生を助けられる!)

その時だった。

「そこまでよ」
最悪の展開だった。失神していたベリアルが起き上がっていた。しかもアンジェラを盾にして。
「そこから一歩でも動けばコイツの頭を握り潰すわよ」
「しまった・・・」暁子の足が止まる。
「さあ、武器も捨てなさい」
為す術なく言われるがままにランスを地面に投げ捨てる暁子。
「ベルフェゴール・・・やりなさい」
「・・・了解・・・」
抵抗する気配の無い暁子の体に無数の触手が絡みつき、その全身を覆っていく。
「うぅッ!?・・・ひ・・・い・・・ィャぁ・・・ぎっ?・・・む・・・っ・・・」
暁子はビクンビクンと激しい痙攣を起こしながら淫らな触手の海に埋もれていく。
自分のミスで窮地に陥った教え子を、敵に拘束されたまま見ているしか出来ない己の無力さをアンジェラは呪った。
そんなアンジェラに、ベリアルは憎々しく言い放つ。
「・・・ガブリエル、見なさい。あなたのお仲間ももう終わりね。
 じきにサイコーの絶頂を迎えて狂い死にするでしょうね。
 ・・・でもあなたは別。快楽にまみれて逝くなんて許さない。
 あなたの攻撃、とっても痛かったわ・・・。
 あたしが!今!この手で葬ってやるわ!」
ベリアルが両拳を振り上げる。
両腕の力を最大限に使ってアンジェラを叩き潰すつもりだ。
つまり、
『今、アンジェラは絶体絶命のピンチであると同時に、頭を握り潰されることはない、
人質の意味を成していない』
ということだった。
(今しかない!)
それは暁子にとって最大の好機到来だった。
ベリアルが拳を振り下ろす。

ビュゴオォ!!!

一陣の突風。
その風圧で弾き飛ばされた触手の固まりが一斉にベリアルの体に張り付いていく。
「ああああああああ!?」
突然の淫楽でベリアルの手元が狂い、その拳はアンジェラに当たる事無く近くの地面へとめり込んだ。
しかし流石はデヴィルでもトップクラスのパワーを持つベリアルである。
その拳圧は死ぬ事無く、凄まじい衝撃波となって地面を伝っていく。
そして、その衝撃波の先にはベルフェゴールが立っていた。
「え!?」
それがベルフェゴールの最期の言葉だった。
ベルフェゴールは衝撃波の渦に巻き込まれ、花が散るように消えていった。

「ハア・・・ハア・・・なぜ・・・?、ベルフェゴールの触手に触られて・・・なぜ平気なの!?」
ベリアルの問いかけに暁子は答える。
「・・・触られなければ問題は無いということです」
「ハア・・・ン・・・ア・・・な、なに・・・?」
見ると暁子が投げ捨てたはずのランスが地面に突き刺さりながらも目にも見えない速さで回転している。
高速回転するランスは地面を削って微細な粉塵を巻き上げ、そして圧縮空気と高真空状態を
作り出していた。
その粉塵が膜、そして空気の層がクッションとなり、一種の防護バリアーともいえるものが
暁子の体を覆っていたのだった。
「だ、だましたのか・・・?」
「どうします?まだやりますか?」
「くっ・・・んん、お、覚えてなさい!」
ベルフェゴールの死と同時に触手は消えたが、その性戯の余韻が残っていて
とても闘うどころではないのだろう、ベリアルは這々の体で逃げていった。



「大丈夫ですか、先生?」
「ああ・・・だけど今日はすまなかったな。あたしのせいであやうく・・・」
「いえ、そんな・・・」
「でも暁子、ホントに名演技だったな」
「え?」
「お前・・・ポルノ女優も顔負けの迫真の演技・・・」
「チ、チョット!?先生!?」

死臭漂う戦場に場違いな2人の談笑。
それは沈鬱な空気を何とかしようという精一杯の虚勢だったのかもしれない。

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